乙女解剖学



 空蝉さんから返信は来ない。オートロックのインターホンを鳴らしても反応がないし、彼がいつ帰ってくるかもわからなかった。だけどここには空蝉さんの家があるから、いつか彼はここに帰ってくる。

 外で10分、20分、と待ってみる。アパートに入っていく人にちらちらと見られている気がして、居心地が悪いから、入り口の真横は避けて、数メートル離れたところに立ち位置を変える。


 そこからさらに30分が経つ。足が疲れてくる。こんなときに限って、ヒールのついたサンダルを履いてきてしまった。


 この感覚を知っている。元彼の坂本くんが、空蝉さんの元カノと浮気をして、ラブホテルに入って行ったあの日。ふたりがホテルから出てくる瞬間を待つあたしは、無理をしてお気に入りの洋服を着て、アクセサリーを身に纏い、ヒールのついたサンダルを履いた。動きづらくても、可愛いあたしでいたかった。

 そういえば、あのとき身につけたブラウスとフレアスカートは、しばらく着ていなかった。だけど、すこしでも可愛いあたしでいたい気持ちだけは、あのときと同じだった。


 ずっと立っていたからか、足の裏側、とくに土踏まずの部分が疲れてきた。それに伴い、ふくらはぎが張ってくる。

 ……ここでしばらく立って待っていて、空蝉さんは本当に来るのだろうか。たとえば、この間みたいに、誰かの家に泊まっているならば。今日、空蝉さんはここに帰ってこない?


 嵐先輩からもらった飲み物を、少しだけ飲んだ。そして、待ち続ける。たまにメッセージに既読がついていないかを確認するけど、既読はつかない。

 1時間が経って、そのうち2時間が経った。3時間が経って、日付が変わるころ、お腹がすいて貧血ぎみになってきた。だけどそのまま待ち続けた。

 4時間が経つ頃、立っているのが限界になって、その場にしゃがみ込んだ。そのうち靴ずれができて、痛くてどうしようもないから靴を脱いで裸足でアスファルトに足をついた。かかとが下がったような感覚がする。

 そしてそのうち、眠気に抗えなくなって、ハンカチを敷いてその上に腰を下ろした。体育座りのような形のまま、顔だけをエントランスの方に向けていた。

 そのうち、意識が遠のく。