乙女解剖学



 空蝉さんによれば、ふたりがラブホテルに入ってからもうすぐ3時間が経つらしい。つまり、休憩の3時間コースが終わるタイミングで、退店するにはキリがいい。逆に、この時間で二人が出てこなかったら、朝を覚悟しなくちゃいけない。

 ホテルの入り口を注意深く観察していると、隣からふふ、と笑い声が聞こえた。



「……夢見さんは、覚悟できてます?」

「あんまり。空蝉さんは、落ち着いてますね」

「だってこんなの面白いにきまってるじゃないですか。あ、誰か出てくる」



 入り口の自動ドアに人影が映る。急に心臓が鷲掴みにされたような息苦しさを覚えて、呼吸ができなくなった。

 空蝉さんがガードレールから体重を持ち上げ、颯爽と歩き出す。待ってよ。そんなに軽く、行けるわけないって。



「行くよ」



 観念したあたしは、空蝉さんの5歩後ろをついていく。

 その先にいるのは、あたしの恋人と、知らない女の人。先に反応したのは女性の方で、次に反応したのは空蝉さんだった。



「ねえねえ、なにしてんの?」



 空蝉さんに声をかけられた女性は、目と口を大きくひらいて、きまりの悪そうに口ごもる。

 猿。間抜けな姿だ。

 ぼうっと彼女の顔を空蝉さんの肩越しに見つめていると、空蝉さんがこちらを振り返った。



「彼のこといいの? 帰ろうとしてるけど」



 はっと我に帰り、坂本くんの方を見る。

 彼は素知らぬふりをしてその場を立ち去ろうとしていた。あわてて坂本くんを引き止める。



「ま、って!」



 坂本くんはゆっくりとこちらを振り返ると、面倒くさそうに目を細めながら、夏には似合わないくらいに冷たいため息を吐いた。