乙女解剖学




 そういえば、似たようなことが前にもあった。

 一花と学食で話したあと、空蝉さんから急にダイレクトメッセージが届いたあの日。あたしのスマホには、あたしの元恋人の坂本くんが、空蝉さんの元恋人の肩を抱いていたようすが、はっきりと写っていた。

 それとおんなじ。空蝉さんが、知らない人と手を結んでる。

 一気に血の気が引いていって、何かが壊れる音がした。

 ああ、結局あたしって、いつもこうだ。相手に勝手に期待して、勝手に落胆してる。



〈嵐先輩。クローズの時間になったら、お店にきてください〉



 手早くメッセージを打って、返信が来るかなんて確認せずにスマホをポケットに仕舞った。どうせ返信は来るし、嵐先輩は来てくれる。

 ……それよりも、だ。

 たった一度見ただけの写真の残像が、ちらちらと、頭の中で点滅をくり返す。

 空蝉さんと一緒にいたのは、空蝉さんよりも倍くらい歳が離れているように見える、小綺麗な女の人だった。

 その意味を、考えたくない。

 色々な可能性が頭のなかを駆け巡った。

 お母さん、だとしたら、手を繋いでいるのはおかしいし。もしくは、恋人、だとしたら。空蝉さんが、熟女好き、みたいな。それは一番、最悪の中ではまともな結末だけど、ごめんなさい、やっぱり最悪。

 ……だけどもう一つ、可能性がある。

 考えたって意味はないとわかっているのに。いま、何をしたって状況は変わらないとわかっているのに。それでも、考えることをやめられなかった。






 その後、嵐先輩は閉店時間の30分前にお客さんとしてやってきた。とろんとした質感の、夏らしい上質なシャツに身を包んでいる。

 先輩は自分で勝手にアイスコーヒーを淹れて、カウンターの席で飲み始めた。従業員特権だ。



「時間になったらぼくもクローズ手伝うから、それまではきちんと仕事してね」

「……はい」



 釘を刺された気分になって、ちょっとだけ落ち込んだ。ほんと、なにもうまくいかない。