乙女解剖学



 するり嵐先輩の腕の中に吸い込まれ、あたりまえのように抱きしめられた。

 空気があまくならないように、わざと普通の口調で、くだらない話題を提示する。



「こういうの、ソフレっていうらしいです」

「セックスフレンドがセフレで、添い寝フレンドがソフレなんでしょ? それくらい、ぼくでも知ってる」

「添い寝だけ日本語なの、変だって思いません? セックスもフレンドも英語なのに」

「添い寝って英語でなんて言うの?」

「co-sleepだそうです」

「セフレにならうなら、正しくはコフレ?」



 コフレ、という言葉のきらめきに苦笑いをする。脳裏にチラつくのは、デパートの1階に所狭しと並ぶコスメカウンターだ。



「コフレって、化粧品みたいですね」

「ん、コフレって何?」

「コスメの詰め合わせをコフレっていうんですよ。ほら、デパートとかでクリスマスコフレって売り出しあるでしょう。聞いたことありません?」

「んー、元カノにねだられたことはあるかも」

「うわ、あるんだー」

「なに、嫉妬?」

「するわけないですって」



 くすくすと笑っていると、こつん、とおでこをおでこにぶつけられる。全然いたくもないのに「いたい」と言うと、全然謝る気のない「ごめんね」が降ってきた。



「じゃあ、キスしてもいい?」

「じゃあって何なんです? ソフレならキスはなしです」

「コフレならあり?」

「ばかじゃないの」



 逃げる間もなく、スキンシップの延長で、前髪越しにキスをされた。キスというよりも、あたしに抱きついてそのまま顔を埋めるみたいな、そんな曖昧な行為だった。嵐先輩はいつも、好意を好意だけで伝えられない、器用なくせに不器用な人だった。

 前髪越しのキスだけを許して、嵐先輩の腕の中で眠った。だって、王子様が来ないから。