乙女解剖学



 純情なままではいられないあたしは、喫茶店のクローズ作業を終えるとそのまま嵐先輩の家に行った。

 あたしと嵐先輩の距離感は、見る人が見れば恋人同士に見えるかもしれない。ふたりの距離は全然遠くなくて、長い交際期間を経て落ち着き始めたカップルに見えないこともないだろう。


 嵐先輩の家は、あたしたちのバイト先の喫茶店から徒歩15分のところにある。もう何度訪れたかわからないそこに入ることについて、何も思わなくなってからどれくらいが経つだろう。


「かんたんな作り置きしかないけど、いいかな」

「いえ、ありがたいです、すごく」


 嵐先輩からすると、あたしはきっとお姫様なのだ。彼はいつものようにあたしを座らせて、自分だけで夕食の準備を済ませてしまう。

 ものの10分ほどで、ふたり分の夕食がテーブルに並ぶ。嵐先輩はあたしの目の前に座って、テーブルの上に置いてあったテレビのリモコンを操作した。

 ぱ、と画面に写ったのは、なんの変哲もないニュース番組だった。


「じゃあ、食べよっか」

「はい、いただきます」


 もうすっかりあたし用になりつつある、使い慣れたお箸を手に持ったとき、テレビのニュースが耳に入ってきた。


〈きょう午前、〇〇市の風俗店従業員の女性が、客の男にナイフのようなもので脇腹と首を刺され、死亡しました。警察によりますと、男は50代の客と見られ、来店した男が個室で……〉


 しんと静まりかえった部屋に、ニュースキャスターの淡々とした声だけが響く。なんとなく手が止まって、ニュースに耳を傾けてしまった。


「ごめんね。チャンネル変えよっか」


 嵐先輩がもう一度テレビのリモコンに手を伸ばす。すぐにチャンネルは切り替わり、画面の中では気象予報士が明日の天気を伝えはじめた。