新婚生活みたいな、そんな甘さを纏った生活がどんなに愛おしくても、終わりがあるだけでこんなにも切なくなれる。シンデレラが王子様に恋をしたのは、12時までには家に帰らなければならないと、そんな時間の制約があったからじゃないかしらと、そんな想像をした。
「空蝉さんは、明日から何をするんですか?」
「仕事だよ」
「なんのお仕事ですか?」
「んー、内緒」
ぐ、と引き寄せられて、耳に甘噛みをされる。唇が触れたところを起点として、全身に熱がひろがっていった。
「相変わらずの秘密主義ですね。あたし、空蝉さんのこと、名前と年齢しか知らないのに」
「名前と年齢を知っていたらだいぶ知っているほうでしょうよ。だって、世界には名前を知らない赤の他人が何億人といるんだから」
「そういうの、屁理屈っていうんです」
「あなたの運命論もだいぶ屁理屈だよ」
回される腕も、自分自身の体温すらもあつくてのぼせてしまいそうだった。
彼のことが知りたいだけだった。なのに、あたしが何かを探ろうとするたびに、空蝉さんはひらり綺麗にかわしていく。知りたいのに、知ることができない。
ならば、と発想を転換させる。屁理屈に屁理屈で返されるなら、こっちはずっと、ゆがんだ理屈で戦ったっていい。
「……なら、帰ってきてくださいよ」
だけど、口をついて出た言葉は想像以上に素直だった。あれ、どうしてだろ。もっと、理詰めで空蝉さんを追い詰めるつもりだったのに。おかしいな。
空蝉さんは悩むかのようにすこし黙ってから、ぼそりと言った。
「んー、たぶんね」
「……もし、帰ってこなかったら、それは」
「3日後におれのこと忘れてなければ、連絡しておいで」
「はじめて空蝉さんに会ったとき、同じようなセリフを聞いた気がします」
「覚えてるんだ」
「覚えてますよ。その日、運命がやってきたんです。だから3日後に連絡したんですよ。空蝉さんに」
あたたかい湯船の中で空蝉さんに寄りかかった。あたしはきっと、あなたを忘れない。


