付き合った男女はセックスをしなければならない、だなんて、誰が決めたのだろう。
そんなことをうじうじと考え続けるあたしは、世間一般の人に言わせれば「処女をこじらせている」状態なのかもしれないけれど、それでも納得がいかないのだから仕方がない。
性欲はきちんとある。自分で、自分を慰めることだってある。
だけどいざ、ふたりでどうぞ、と言われたって、無理なものは無理だ。隠すべき場所を曝け出して、間抜けな格好をして、嬌声を上げる自分を客観視したくない。
なんだか考えたくなくなってしまった。話題の転換を図るために、あの、と言葉を重ねる。猿たちを待つ夜はあまりにも長すぎた。
「空蝉さんの彼女さんは、どういう人だったんですか」
「普通の人。普通に働いてて、普通にしっかりしてて、普通に浮気する人だね」
「……」
空蝉さんはまったく傷ついていないみたいな表情で、ふわ、と欠伸をした。彼の吐息が、夏のじめっとした空気にあまく溶けていく。
「あなたの彼氏は? どういう人?」
「……王子様みたいな人でした」
そう、坂本くんはあたしの王子様だった。
あたしが行為を断った夜、彼はやさしくあたしの頭を撫でて、抱きしめてくれた。行為を介さずとも愛してくれるのだと思った。あたしはそれに、期待してた。だけど、現実は違っていた。
空蝉さんはふうん、と鼻を鳴らす。
「それ、なんで過去形なの?」
「浮気をする王子様なんて、いないから」
「夢見さんって、さっきから要領を得ないよね。変わってるって、よく言われない?」
「言われてたとして、どうするんですか」
「べつに」
空蝉さんとの会話はずっと噛み合わなくて、もどかしい気持ちだけが重なって層を成した。ミルフィーユみたいな層は、剥がしても剥がしても結局何も残らない。あたしたちの会話は、ずっとそんな感じだった。
空蝉さんがスマホで時間を確認しながら、そろそろかな、と言う。


