空蝉さんは呆然とするあたしを抱きしめるように腕を回した。
いつのまにか煙草の火は消えて、燃え殻が空き缶に押し込められている。
「だからせめて、麗の人生で一番深い不幸ってなんだろうって、考えたの」
空蝉さんに抱きかかえられる。背中に手が添えられ、もう片方の腕は膝の裏側に回される。
お姫様抱っこみたいだな、と思ったのは束の間。空蝉さんが、あたしの上半身をベランダの柵の上に乗せる。
——落とされる、と思った。
「麗、死ぬのはどう? まあ、2階だから一発では死なないかもしれないけど、死にそびれたらまたここまで運んで、ここからまた落としてあげようか、なんて」
「ぅ、あ、……!」
「王子様に怖い思いをさせられるの、どう? 教えてよ。これでも足りないの?」
柵から乗り上げる上半身は、空蝉さんが少しでも力を抜いた瞬間に、きっとひっくり返ってしまうだろう。そうなったら、あたしは、あたしは。
首の裏に感じる空気から、高さを感じる。重心が下に下に伸びていく。地上にいるときよりも身体が重くて、たった今、物理的に空蝉さんに生かされていた。
目の前にいる空蝉さんの頸に必死でしがみつく。そのうえ、彼の着ているシャツを、つよく握りしめた。
「……っ、ひ、う」
「おれのこと、嫌いになった?」
「なって、っ、な、い……!」
「はあ、マジで落としてあげようか?」
「……まって、! じゃ、あ、はんぶん、半分押し付けていい、から!」
重力と、徐々に抜けていく腕の力の拮抗が崩れそうになる頃、あたしは必死に空蝉さんに訴える。
「……半分?」
あたしの言葉に反応した空蝉さんは、そのままあたしをベランダに引き込み、その場にどさりとあたしを転がす。
柵にもたれながら息を整える。どうやら死んでいないらしい。


