ベランダに置かれた室外機に腰掛けるあたしの前に、空蝉さんが立ちはだかる。
ふたり向かい合うような体勢で、空蝉さんがポケットから煙草とライターを取り出した。かちり、火がつく。太陽はすでに地平線の下で、夜は色濃くなる一方だった。
降りたら足が汚れてしまうから、ここからは降りられない。前には空蝉さんが、後ろには空が。なんだか逃げ場を失った気分になる。
「麗は、吸ったことある?」
「ないです。未成年なので」
「あれ、そうなの。何歳?」
「18ですけど、来月19になります」
「うわ、若いねえ」
そんなことを言いつつも、空蝉さんはあたしのことなんかぜんぜん興味がなさそうだ。一吸い、二吸いして、空に彼が吐き出した煙が溶ける。
「空蝉さんは、いくつですか」
「23」
嵐先輩よりも二つも歳上なのか、と想像する。嵐先輩もあたしにとっては大人っぽいけれど、それよりも大人だなんて。彼の余裕たっぷりな仕草を鑑みれば納得だけど、それでも空蝉さんは若く見える。
ぷかぷかと、煙草をふかす王子様の姿にはなんだか慣れない。それはそれで美しいから余計に困った。
主流煙よりも副流煙の方が身体に害があることを思い出し、深く息を吸った。この人と一緒に煙を吸って、緩やかに心中したいだけ。
「ねえ、吸ってみる?」
「……18だって、言ったじゃないですか」
「おれは、あなたに嫌われたいの。ほら、口開けて」
反論する間もなく、空蝉さんが吸っていた煙草を唇の間に差し込まれる。
間接キス、と思うよりも先に、吸い口の感触がむわりとしていて少しだけ不快だった。温度のある紙ストローを咥えている感じだろうか。
空蝉さんの顔が近づく。
彼は左手であたしの首の後ろを支え、右手の人差し指と中指で挟んだ煙草をあたしの唇に当てがったまま、くすりとわらう。
「ゆっくり、肺に煙をまわすように吸うんだよ」
未成年喫煙という大罪。彼は共犯者だった。ひどいことをされているのに、抱きしめられているみたいな気分になって、なんだか幸せだった。


