乙女解剖学



 アパートに着いて、空蝉さんがタクシー代の支払いをすませてくれた。そのままふたりで外階段を登る。

 どんなに祈ろうがあたしの部屋は汚いままだろうから、本当に死にたくなった。あたしが呆れられるまであと数秒。元々嫌われているのは知っているけど、さらに嫌われることは目に見えていた。想像だけで自尊心が損なわれる。

「片付けるまで待っていてください」なんて言ったとしても、すぐに片付くような部屋じゃないのはわかっていた。仕方ないので、観念して扉を開ける。



「ほんとに、ごめんなさい……」



 細く言葉を発する。おそるおそる隣を見て、彼の反応をうかがった。

 だが、想像とはまったく異なり、空蝉さんは至極まじめな口調で言う。



「いいよ。慣れてるから」



 暑いし中入ろうよ、と促される。外は暗くなってきたけれど、夏が盛り始めたこの頃、夕方になろうと夜になろうと暑さは引いてくれない。たしかに外の暑さは不快だった。

 それよりも。慣れてる、と言った空蝉さんが、いったい何に慣れているのだろうと不思議に思った。空蝉さんの部屋はいつも片付いているのに、汚い部屋に慣れているだなんて、変なかんじだ。どうせ、詮索したってはぐらかされるのだろうけど。

 空蝉さんは、あたしがシンクに置きっぱなしにしていた空き缶を拾い上げた。



「ベランダ出てもいい?」

「どうして?」

「煙草吸うの」

「……煙草吸うんですか?」

「なんかね。普段は吸わないんだけど、くるしくて買ってしまった。あなたが煙草嫌いな人だったら、嫌われるのに丁度いいしね」



 ぱ、と左手首を掴まれる。そのままその手はベランダの方に向かっていった。



「え、あたしも?」

「うん。おいで」



 埃だらけの窓枠を跨ぐ。一つしかないサンダルは空蝉さんが履いて、あたしは簡単に埃を払った室外機に腰掛けた。

 室外機に腰掛ける抵抗と、裸足でベランダに出る抵抗を比べたら、こっちの方がまだマシに思える。室外機が壊れたらどうしようと不安になったけれど、すぐにどうでも良くなった。