あたしの家はちょっと、とやんわり抵抗してみたものの、空蝉さんからの圧力には逆らえなかった。
空蝉さんと並んでシートに座り、ばたんとドアが閉まる。ほとんど無理やり住所を言わせられた。音を立てずに走り出すタクシーは少々酔いやすい。
それよりも、だ。空蝉さんが言っていた、「女の子」が何か気になる。訊いたら嫌がられるかもしれないけれど、思ったことを何でも口にしないと気がすまない性分のあたしは、ほぼ反射的に口を開いていた。
「あ、あの。女の子が帰ってくれないっていうのは、その、」
「詮索なんて、勘弁してよ」
「すみません、そんなつもりじゃ」
言葉の端っこで口籠る。口先では否定していても、空蝉さんの言う通りこれは詮索だった。
「どうせお姫様だって、ほかの男と会ってるでしょ? たとえば、喫茶店にいる若い男とか」
「え、なんで……」
「適当に言っただけだよ。狼狽えないで」
ああ、最悪。どうしてこう、もっと駆け引きじょうずな返答ができないのだろう。自分がいやになる。
とはいえ、詮索をうまくかわして誤魔化す様子を見ると、空蝉さんが他の誰かと関係を持っているのは本当らしい。
空蝉さんが知らない女の子を家に連れ込んでいることは部屋の雰囲気からなんとなく察していたけれど、こうやって本人から直接言われると少なからずダメージがある。
あたしは空蝉さんとこうやって会うために、わざわざ自分の絶望を盾にしているというのに、それをひらり飛び越えて、何も差し出さずに彼と触れ合える女性がいる。彼の言葉が意味するのはきっとそういうことで、想像するだけで気が狂いそうだった。
だけど、空蝉さんはこうやって自分からあたしに連絡をくれて、あたしに会ってくれる。それがどうしようもなく嬉しい自分もいた。
突き上げられたり突き落とされたりをくり返す情緒に振り回されている。すこし嬉しくなった直後、今度は自分の部屋の惨劇を想像して憂鬱になっていた。
「……こんなこと言いたくないんですけど、あたしの部屋、すごく汚いんです」
ふたりの間には拳2つぶんの距離がある。隣にいる麗人は前を向いたままぼそりと言う。
「……やっぱりそうなんだ」
「え?」
「ううん、こっちの話。おれ、汚いの嫌だから、掃除しようね」
タクシーが狭い道に入り、数回角を曲がると、見慣れたアパートが顔を出す。大学に近い学生街に建てられたそのアパートの2階に、あたしの部屋がある。
ああ、この一瞬で部屋の中が綺麗になる魔法がかけられないかしらと、そんな突飛な想像で現実逃避をした。フェアリー・ゴッドマザーは灰かぶりのプリンセスを綺麗にする魔法が使えるのだから、それをあたしの部屋にかけてくれたらいいのにな。ほんと、何してるんだろう。


