会計は嵐先輩に甘えて、ひとり駅前に向かった。スマホを見ると、空蝉さんから、〈西口のタクシー乗り場にいる〉と連絡が入っている。
待たせてしまうのが申し訳なくて、すこし小走りになる。だけど、いざ空蝉さんに会ったときに息があがっていたら恥ずかしいから、駅に近付くにつれゆったり歩くよう努めた。ほんと、何してるんだろう。
言われた通りタクシー乗り場に向かうと、遠くからでも空蝉さんの姿が確認できた。相変わらず麗しいその人は、乗り場からすぐそばのベンチに浅く腰掛けている。
息を整えたはずなのに、彼に会ってしまえば結局心臓の鼓動は鳴り止まないから、全ての努力が無駄に思えた。これから酷いことをされるとわかっていても、この瞬間の高揚があるから空蝉さんを好きでいることはやめられない。
スマホをいじる空蝉さんに、斜め上から声をかける。
「お待たせしました」
「ああ、うん。じゃあ行こうか」
空蝉さんはスマホをポケットの中に仕舞って立ち上がる。そのままタクシー乗り場に向かう背中に向かって話しかけた。
「どこに行くんですか?」
「麗の家行くから。いいでしょ?」
「……え?」
ぞぞぞ、と背中が粟立つ感覚がする。
脳裏に浮かぶのは、一昨日にまたも出し忘れたゴミ袋と、洗い物が溜まってすこし嫌なにおいがするシンク、テーブルに出しっぱなしにした化粧品と、棚に入れることを放棄して床に積み上げた本の塊。
あんなところに空蝉さんが、と考えるだけで吐き気がした。
「……空蝉さんの家じゃだめなんですか?」
「いまね、おれの家入れないの」
「どうして?」
「んー、なんか、女の子が帰ってくれなくて」
衝撃的な発言のインパクトに誤魔化されているうちに、タクシーに押し込められる。
あたしの家に行くことは決定事項らしい。考えるべきことが多すぎて頭がおかしくなりそうだった。


