あたし、夢見麗が、今の恋人である坂本くんと付き合いはじめたのは、ほんの数ヶ月前のことだった。
サークルの新歓で近くの席になって、会話が盛り上がり連絡先を交換した。彼は笑顔がよく似合う、可愛らしい顔立ちをしていて、そのくせ距離の詰め方が異様にじょうずだった。言い寄られるがままに彼と付き合ったあたしは、ころころと表情を変える彼に、すぐ夢中になった。
そこそこ愛されている、と思っていた。なのに、坂本くんは浮気をしていたらしい。
数日前に空蝉さんから送られてきたメッセージで、彼の蛮行を知った。だけどあたしはどうしても信じられなかった。
そんなあたしに送られてきた、〈いまふたりがホテルに入ったので、覚悟があるなら来てください〉のメッセージ。空蝉さんはふたりの居場所を突き止めてあたしをここに呼んだのだ。
ふう、と息をつく。
あたしの何がだめだったのだろう、と考えたけれど、答えは自明だった。
——あたしが、坂本くんとのセックスを拒んだから。
最初は、キスからが良かった。少しずつ身体を許して、信頼を重ねてからそういうことをしたかった。
あたしがおかしかった? 簡単に身体を許さないあたしが愚かだった?
脳裏に、妊娠した友人の姿が浮かんでは消える。あの子を引き合いに出しても思考が極端になるだけだろうけど、どうしたって自分と彼女の違いを考えてしまう。だってあの子は、選ばれたから。
「夢見さんは、なんでそんなお洒落してきたんですか」
下を向いていると、隣からそんな声が降ってくる。空蝉さんは、あたしの手元を見つめていた。
春にセールで手に入れた、お気に入りのブラウスに、小花柄のフレアスカート。爪先に丁寧に塗られた、淡いピンクのネイルポリッシュ。駅ビルの雑貨店で購入した、ピンクゴールドの時計と、ブレスレット。
ダサい、なんて思われたくないというのが第一の理由だけど、可愛いものに身を包むこと自体は好きだった。爪先を彩るのも、可愛らしい布地に袖を通すことも嫌いじゃない。
だけど、空蝉さんからの質問の意図は、たぶんそういう意味ではないだろう。
いつあの二人がホテルから出てくるかわからない、身体を張った待ち伏せを挙行するとわかっているくせに、なぜこんなに動きづらい服を着て来たのか。彼の疑問は多分これだ。
「もし別れることになるのなら、いちばん可愛いあたしを見てほしいからです」
「へえ。そういうの、おれにはわからないですね」
「……わからなくていいです」
だってこんなの、ただの自己満足だから。


