席に戻ると、退屈そうにコーヒーをすする嵐先輩と目が合った。
今から空蝉さんのところに行きたいだなんて、そう言ったら嵐先輩はどんな顔をするだろう。いや、どんな顔をされても行くのだけれど。
先輩はすこしだけ寂しそうな顔をする。
「さっきの電話の相手、聞いてもいい?」
「……すきな人です」
「やっぱり王子様か」
先輩の苦笑に罪悪感を感じないと言われれば嘘になる。だけど、それよりも優先したいものがあるのだ。
「あたし、用事ができて、あの、本当にすみません。今日は帰ります」
「ほんとにね。自分からぼくを呼び出しておいて。横暴だな」
「……ごめんなさい」
ああ、なるほど。人は、一方通行の好意の逆行先には横暴になれるらしい。空蝉さんはあたしに、あたしは嵐先輩に、こんなにも冷たくなれる。
先輩は手に持ったカップをとん、と置いた。
「行きなよ、お姫様。ここはぼくが払っておくから」
「いや、あたしが呼んだので、自分の分は置いていきますから」
「ううん。ぼくが貸しを作りたいの。それくらいのわがまま、聞いてくれたっていいだろう?」
敵わないな、と思った。
最近気付いたことだ。先輩はあたしに、息苦しいほど尽くしてくれる。
返報性の原理だろうか。人は他人から施しを与えられると、相手にもそれを返そうとする。
嵐先輩はあたしに献身することで、与えた分の好意が返ってくることを期待しているのかもしれない。きわめて利己的な利他主義だ。その好意は暴力に等しい。


