唯一この場で明らかなのは、嵐先輩に好かれている、ということだけど、ずるいあたしは先輩からの好意には見ないふりをする。
与えられる好意に振り返ることは確かに楽だけど、あたしは身体の内側から駆動する、熱くて痛すぎる恋を知ってしまった。いまさら、受動的な恋はできそうにない。
そんなとき、重い空気感の合間をぬって、嵐先輩の肩が揺れた。
「……あれ? 麗ちゃん、スマホ鳴ってない?」
「あ、」
ブブブ、と間抜けなバイブ音が鞄の中から響いてきて、慌ててスマホを取り出した。
発信者を見ると、表示されたのは空蝉真。
その名前が表示されてあるスマホがあまりにも愛おしくて、先輩にバレないようにスクリーンショットを撮った。
あたし、何してるんだろ。だけど、これでいつでも今日の幸せを思い出せる。
「ごめんなさい、一瞬だけ外で出てきても良いですか?」
「うん、どうぞ」
嵐先輩にひとこと断ってから、スマホを抱えてお店の入り口まで移動する。
できるだけ人の往来の迷惑にならない場所を見つけてから、応答ボタンに触れた。
「……はい、もしもし」
『あ、麗? いまどこにいる?』
「駅前の、喫茶店にいます」
『丁度いいね。いまから駅に来てもらえる?』
「え、あっ、」
たったそれだけの会話でスピーカー越しの音声がふつりと途切れる。通話履歴だけが空蝉さんとの会話を証明していた。
彼は横暴にも程がある。こちらの都合を無視して、自分の要件を伝えてくるその言い草は、あたしが空蝉さんの前では無力だということをよく理解した物言いだ。


