乙女解剖学



「……王子様を追い求めることって、そんなに悪いことなのかなあ、って」



 行儀が悪い、とはわかっているけれど、テーブルに肘をついて両手でこめかみを抱え込んだ。

 考えども考えども、答えは出ない。

 好きな人を追いかけること。王子様を待ち続けること。あたしはそんな信念で今まで生きてきたけれど、最近はどうにもうまくいかないことが増えてきた。

 前につきあっていた坂本くんは、あたしをあたしとして受け入れようとしていたけれど、彼は結局浮気をした。

 それだけじゃない。空蝉さんも、一花も、あたしの夢見がちなところには半ば呆れたような態度をとるのだ。あたしのことを「脳内お花畑」なんて、擦られた比喩でカテゴリ化しようとする。

 あたしは運命を運命だと信じて疑わないし、王子様には救われたい。なのにあたしは、そんなあたしを嗤う空蝉さんが好きだ。

 話を聞いていた先輩がフォークを置いた。



「それをぼくの前で言うの、残酷だと思わない?」

「どうしてですか?」

「きみには事あるごとに好意を伝えてきたつもりだったけど、伝わってない?」



 こめかみに手を当てたまま、嵐先輩を見る。いつも通りの顔だ。やさしくて、あたたかくて、冗談ばかりを言う、佐野嵐という人間。

 ……なるほど。いつものアレは、冗談じゃなかったのか。


 確かに、好き、と嵐先輩に言われたことはあった。

 だけどそれは、髪色の相談をしたときに言われた「そのままの麗ちゃんが好き」というセリフとか、はたまたバイト先でミスをして落ち込んだときに言われた「一生懸命なところは好きだけど、もう少し肩の力抜いたら?」のセリフにも体現されるように、先輩からの好意はいつも何かのついでだった。

 だから、先輩からの好意をまともに受け止めたことはなかった。だけど先輩はここで、冗談を本気に変えようとしてる。



「嵐先輩は冗談が得意だから、よくわからないです」

「へえ。ぼくはやれと言われたら、きみの王子様くらいにはなってあげるけど」

「……王子様って、なるものじゃなくて、元からそこにあるものでしょう?」

「じゃあ、『お姫様になりたい』っていうきみの口癖も、おかしいよね」

「……」



 また矛盾だ。空蝉さんが嫌うあたしの矛盾がまたここにも露わになった。「ごめんなさい」と謝ると、嵐先輩は笑いながら「別に謝ることじゃないよ」と宥めてくれた。