一花との会話は聞くに堪えなかった。
身体の変化、妊娠中の不安、両親や義両親とのやりとり、旦那の話、お金の話、検診の話。それを友人の話として聞くにはあまりにも情報過多で、相槌を打ちながらずっと、一花のグレープフルーツジュースの氷が溶けていくのを眺めていた。
そんな一花に、空蝉さんの話なんてできるわけがなかった。
一花は一花の世界の主人公で、あたしはその世界で脇役なのだなと思った。だけどあたしはずっとお姫様でいたいから、その世界では生きられないとも思った。
もう、何もかもが違っていた。あたしの生きる世界と、一花が生きる世界が断絶している感じがした。自分勝手だな、とは思うけれど、もうしばらく一花に会うことはないのだなという感覚だけが本物だった。
一花と解散した夕方、なんとなく嵐先輩に電話をかけた。
今日は喫茶店の定休日だから、先輩は暇しているに違いない、という自信があった。
そしてその自信は、先輩からの「どこに行けばいいの?」という返事一つでより強固になった。
簡単な約束を取り付けてから数十分後、嵐先輩はブラウンのバンドカラーシャツに、仕立ての良さそうな黒スラックスを合わせた、シンプルで癖のない装いをしてやってきた。
急な呼び出しにすぐに応じる嵐先輩には、所謂「都合のいい人」の素質があるように思う。
それを誰に対してもやってしまうのか、もしくはあたしだけにそうなのかは、知る由もないし、知らなくてもいい。
合流したあたしたちは、手近な場所にあるカフェに入った。
妙に甘いものが食べたくて仕方なかったあたしは季節のフルーツがあしらわれているケーキセットを、嵐先輩はガトーショコラとブレンドコーヒーを注文する。
ほどなくしてやってきたケーキにフォークを刺しながら、ため息をついた。
「理想を追い求めずに手頃なひとを見つけることって、そんなに大事なことなんですかね」
嵐先輩は、「恋愛の話?」と言いながら流れるようにコーヒーを口に含ませる。うなずくと、先輩はまじめそうな顔をした。あたしの戯言をばかにしないところ。これが嵐先輩の良いところだ。
「まあ、ある意味ひとつの正解だよね」
「だけど、それはあたしにとっての正解じゃない気がするんです。それで自分が幸せになるか、って考えたらピンとこないし」
「現実を見ることも、理想を追い求めることも、どちらも悪いことじゃないんだよ。両方とも正しくて、両方とも間違ってるの」
そんなものなのかな、と想いを馳せながらミルクティーを赤いストローで吸い上げた。


