この人はあたしを甘やかしすぎていると思う。彼はあたしの食器をまとめて洗いながら、お風呂に入りなと言ってあまく微笑む。
「麗ちゃん、着替えある?」
「ないです」
「ブカブカかもしれないけど、Tシャツとサイズ小さめのハーフパンツならあるよ? 置いておく?」
「お願いします」
この家に泊まるのは何回目だろう。きっと空蝉さんの家に行った回数よりも多いはずだけど、ここで過ごした時間には変化も強烈さもインパクトもないから、あたしは結局空蝉さんのことばかり考えている。
脱衣所はある程度整頓されている。遠慮もなく足元の棚を開き、奥から小さいポーチを取り出した。
中にはあたし専用のスキンケアセットが入っている。先週ここに来たときから置かせてもらっているものだ。
別に、嵐先輩をどうこうしたいわけじゃない。この家にあたしの存在をマーキングしたいわけでもないし。ただ、ないと不便だから置いているだけだ。
だけど……これがもし逆の立場だったらどうだろう。たとえば、空蝉さんの家の洗面所を漁って、女性モノの知らない化粧水とかが出てきたら、あたしどうしちゃうんだろう。
中身をすべて洗面所に流してやろうかしら。否、デパコスの高い美容液だったらむしろふんだんに使ってやろうかしら。その方が、あたしは誰かの悪意にフリーライドしながらツルツルのお肌になれちゃうかもしれない。
被害妄想とそれに対する復讐妄想を胸に抱いて、ふふふ、とひとり笑いながらお風呂に入った。これは、「授業中に教室内に乱入してきた悪漢を返り討ちにする」妄想をする小学生男子と性質が一緒だ。


