嵐先輩の言う「何もしなくて良いよ」をいつだってあたしは言葉通りに受け取る。だからあたしは何も手伝わないし、言われたままにテーブルに着いて先輩の後ろ姿を眺めるだけだ。
あたしがどう振る舞ったって、先輩はあたしを嫌いにならない。だからあたしは、先輩のテリトリーに踏み込むときはいつも遠慮というものを投げ打つ。だって、そのほうが楽だし、お節介な先輩は、むしろあたしに振り回されることを望んでる。
「嵐先輩」
「んー、どうしたの」
「あたし、髪染めるなら何色がいいと思います?」
嵐先輩は棚からインスタントのお味噌汁を取り出しながら、「リタッチするって前に言ってなかったっけ?」と返事をした。
あたし、先輩にそんなこと言ったっけ。バイトのときかな。バイト中の会話なんて他愛なさすぎて覚えていない。
「茶髪は、やめようかなって思って」
「まあ、大学1年生なんてみんな茶髪だし、埋もれるし飽きるよねえ」
「そうなんですか?」
「逆に違うの? 18、19になったら、みんな一度は髪の毛染めたがるでしょ。それでとりあえずみんな茶髪にするじゃん。違う?」
先輩はレンジから取り出した生姜焼きをテーブルの上に置く。そのまま先輩は自分の分の唐揚げをレンジで温めはじめた。
自分がいわゆる大学デビューの典型としてカテゴライズされた気がして、すこしだけ腹が立った。だけど、高校を卒業して髪の毛を染めてみたかった気持ちが先行して茶髪にした、という典型的流行主義(もちろん造語である)はもちろんあたしにも当てはまることで、反論できない。
「そんな先輩だって、茶髪じゃないですか」
「これは地毛だよ。元々色素が薄くて、高校のときは頭髪検査で先生とめちゃくちゃ揉めたんだよねえ」
「じゃあ、そのパーマも地毛?」
「パーマは当ててるよ。ぼく直毛だから、当てないと中学生みたいな顔になっちゃうの」
へえ、と相槌を打つ。先輩の直毛をちょっとだけ見てみたい気がしたけど、調子に乗られたら面倒なのであえて言わないでおく。


