乙女解剖学



 空蝉さんは、リアルを生きている。

 これは、彼と個人的に会うようになってから知ったことだ。空蝉さんは現実主義を拗らせていて、ロマンチックな恋愛とか、星座占いとか、運命だとか、今流行りの性格診断だとか、そういう曖昧な概念をひどく嫌っている。


 だから空蝉さんは、敬虔な運命論者であるあたしのことも嫌うのだ。

 要は、見ていて苛々するらしい。運命を信じて、王子様を待つあたしの生き方そのものが、リアリストの空蝉さんにとっては嫌悪対象なのだ。

 ゆえに、彼はあたしをひどく痛めつける。



「なんか、ただ舐めてもらうのも面白くないからさ。麗、服全部脱いでよ」

「……え?」

「脱いで。下着も全部。そうしたら、おれに絶望してくれる?」



 ピンクブラウンのワンピースが邪魔だと言わんばかりに、空蝉さんは裾の部分をめくりあげる。



「言うこと聞けないなら、むりやり全部剥いでここから追い出すから」



 その発言にゾッとして、慌ててワンピースを脱いだ。

 裸になることの恥感情よりも、空蝉さんを怒らせる恐怖の方が根強かった。あたりまえだ。恥は社会から糾弾されないための感情だけど、恐怖は脅威から生命を守るための感情だから、生体にとっての重要度が違う。


 ではなぜ、空蝉さんがあたしにこんなことをするか。それは、あたしがこうなるように仕組んだからだ。

 少し前に交わした空蝉さんとの会話を思い出す。


『何をしたら、あたしが運命論を棄てるようになるか、気になりませんか?』

『……はあ』

『ゲームをしましょうよ。とっても単純でそれなのに難しいゲーム。ルールは簡単で、空蝉さんがあたしを絶望させたらクリアです。あたしが泣いて謝って、夢見がちな運命主義から現実主義に信念を変えるところ、気になりませんか? あたしが運命論を棄てるためには、あたしが運命の人だと信じて疑わないあなたから与えられる絶望的な不幸が必要なんです。だから、あなたは躍起になってあたしを絶望させて、あたしの信念をぽっきり折ってください。そうしたらあなたの勝ちです。もう二度と、運命なんて口にしませんしあなたとの関わりも断ちます。どうです? 空蝉さんならきっと、このゲームを面白がってくれるんじゃないかって思うんですけど』


 彼はあたしの提案に二つ返事で了承した。

 それからこんな、生産性のない会合をくりかえしている。


 ルールはたった一つ。身体的な欠損や生命の危険を伴わなければ、空蝉さんはあたしに何をしても良い。空蝉さんは、あたしを絶望させなければならない。

 あたしが空蝉さんを嫌いになって、運命論を棄てたら空蝉さんの勝ち。あたしが運命論を棄てずに彼を愛し続ける限り、ゲームは永遠に続く。


 そんな破綻したルールに空蝉さんは乗った。ラブホテルの前でお互いの恋人を待ち伏せたあの状況を「おもしろい」と形容した空蝉さんは、どこかおかしい。

 彼はあたしを嫌悪していた。だから、あたしが彼と一緒にいるためには、これしか方法がなかったのだ。こうすれば、空蝉さんはあたしに嫌われるためにどんなことだってしてくれる。