目の前の彼女はこれ見よがしに、まだまだ全然見た目の変わらないお腹を大事そうに撫でながら、「じゃあね」とこちらに手を振った。彼女はこれから3限の授業に出るらしい。
3限が空きコマだったあたしは、大学の学食にひとり取り残される。ひとりきりになったのに、なぜか安心していた。
友人が妊娠したといえど、べつにあたしには利もなければ害もない。それに、双方が納得しているのなら、彼女が子どもを産もうが堕ろそうが、どうだっていいはず。
なのにあたしは、言葉にできないほどの嫌悪感をおぼえていた。
性欲を否定するつもりはない。あたしだって、性欲がないといえば嘘になる。
だけど、本能に負ける人間って、ダサい。
たった0.02mmの壁を挟むだけで避妊が成功する現代で、それを使わない人間が理解できない。それって、道具を使えない猿と同じだ。
猿。あの子は猿。相手の男も猿。猿。猿。猿。
蛙の子は蛙。猿の子は猿。猿が猿を産んで不幸になる負のスパイラルって、なんの意味があるんだろう。
テーブルに置かれたプラスチックのコップを手に取り、喉を潤す。冷たかったはずの水は夏の暑さに負けて常温になっていた。
彼女の話を聞いていたせいでしばらく触れていなかったスマホに手を伸ばす。ロックを解除し、いつもの癖で通知欄を見る。
珍しく誰かからSNSのダイレクトメッセージが届いていた。知らないIDと、ユーザー名。どうせ何かの勧誘だろうと思いながらも、興味本位でトーク画面を開く。
ぱ、と目に入ったのは、画質の荒い画像が一つと、絵文字も感嘆符もない、飾り気のない文章が一つだった。
〈あなたの彼氏、おれの彼女と浮気してます〉
瞳孔が開く感覚がする。
そこに写っていたのは、女性の肩を抱く恋人の姿だった。
猿がここにもいる。


