乙女解剖学



 ぐらぐらと目眩がして、その場に立ち止まる。タクシー乗り場まではあと十数メートル。そこまで行けば、お家までドアtoドアだ。それなのに立ち上がれない。



「……大丈夫?」



 しゃがみ込んだあたしに気づいた空蝉さんが足を止める。どうしよ、ちょっとしんどいかも。



「立ちくらみ、です」

「んー、ずっとあそこで立ちっぱだったから、疲れたよねえ」



 ほんとうはそれが原因ではないのだけれど、そう解釈してくれるのならば都合が良い。何も言わずに頷いた。


 がこん、と何かものが落ちる音がする。近くの自動販売機の取り出し口に、ペットボトルが落ちる音だ。

 そういえば、空蝉さんとは初対面だったっけ。迷惑をかけちゃいけない、とは思うけれど、もうどうしようもない。今は悲観に溺れて、不幸を呪いたい。悲劇のヒロインにすらなれなかったら、あたしには何が残る?



「くち、あけて?」



 いつのまにか空蝉さんに肩を支えられている。目の前には美麗な顔つきがあって、最低なあたしはすこしだけどきどきした。

 言われた通りにうすく唇をあけると、隙間にペットボトルの飲み口があてがわれる。ちろり、ちろり、舌先で冷えた水の感触を弄ぶと、今度は少しずつ喉に液体を流し込まれた。


 数口含み、嚥下する。


 ただ水を飲ませられただけなのに、キスをされているような気分になった。唇を暴かれ、液体を流し込まれただけなのに、心臓がやわやわとくすぐられているようなかんじがして、もどかしい。

 目の前にいる彼が途端にきらきらとして見えた。さっきからずっと、綺麗だなとは思っていたけれど、こうして至近距離で見るとますます引き込まれそうになる。中毒性のある美貌だ。



「……空蝉さん」

「なに」

「運命って、信じますか」



 視線が交錯したとき、予感がした。

 自分の目が血走っている気がする。