「帆夏」

家に入ろうと、すれば背後から聞き慣れた声が聞こえる

「なに?」

あえて何もないように聞けば、その人は軽く笑いながらサングラスをずらす

「…カッコつけるのやめな?ダサいよ」

「お前も、強がるのやめな」

この人のこういうところが嫌いだった

無意識にそうやって行動するから、色々と面倒なのに

「で、用は?」

なるべく2人で話す時間を短くしたかった

理由は数えれば少ないかもしれないが、明確な理由がある

「俺、今年も借人?」

自分を指さし聞く木葉 海凪を睨みながら言う

「私が知るわけないでしょ?今電話してみる」

直ぐにA組の友達に電話をかけ、短く返して切る

「今年も借人」

苦笑混じりにお礼を言われ、私はそのまま家に入る

「遅かったじゃない、おかえり」

優しく、暖かい声

「帰ってたんだ」

誰にも言ってない

いや、誰にもは嘘か

でも1人しか知らない、私の秘密

「今日は早く終わったの」

そう言って微笑む“お姉ちゃん”は私の頭を静かに撫でる

「ちょっと、やめてよ」

別に嫌なわけじゃないのにその手を払い除けてしまう

「そういえば、今日瑚華(このか)に会ってきた」

久しぶりに耳にした名前に、自然と口角が上がる

「そうなんだ、元気だった?」

私が聞くのと同時に、家のドアが開き母親が顔を見せる

「ちょっと彩夏(あすか)、いるなら買い物くらい手伝ってよ」

心做しか、お母さんの表情も明るくなる

「帆夏、帰ったの?おかえり」

「今帰ってきた」

その日、私はお姉ちゃんの部屋で寝た

普段は仕事で忙しい人だ

甘えられる時に甘えていたい

学校であった嬉しいこと、ウザイこと、辛いこと、理不尽なこと

無口な転校生のこと、海凪のこと

沢山話した

お姉ちゃんはただ、相槌を打って聞いてくれていた

「あ、そうだ」

「瑚華ちゃん、元気だった?」

少しだけ間を置いて、笑顔で私に向き直ったお姉ちゃん顔が、テレビの中と同じで

少しだけ苦しくなった

「今度会いに行ったら?海凪くんも一緒にさ」

私は何も言わず、静かに頷いた