俺は今、すごく後悔している
無意味な歓声に苛立ちを覚えたまま教室から出て、一通りの少ない廊下から職員室まで行く
そしてその人通りの少ない廊下で人が蹲っていたのだ
足はとめた
止めたけど、相手は女子だったしまた何か言われたら面倒くさい
そして相手の女子は、今日転校してきた望月紫帆だった
結局後悔しながら職員室に着いてしまった
「あー、許可書な」
担任の宮林先生に芸能活動許可書を渡す
「来てもらって悪かったな、ほい」
先生の印鑑が押された許可書を受け取り、俺は口を開いた
「望月紫帆ってなんで喋んないの?」
宮林先生は立ち上がって俺の肩を叩いた
「お前ねぇ、せっかく学校来れたなら人の話ぐらい聞きなさい!!」
「煙草臭…」
肩を叩いたときにフワッと漂うタバコの臭いに謎に安心感を感じる
「まぁここだけの話して欲しいんだけど」
そう言って結局話し始める
「心因性失声症」
「知ってるか?」
心因性失声症
聞いた事があるその病名に、嫌な記憶が思い出される
「知らない」
宮林先生はより一層声を小さくする
「ストレスとかトラウマとか、そういうのが原因で声が出なくなる病気」
望月紫帆がどんなトラウマを抱えていようが知ったこっちゃないが、意外な事実に驚いた
「要は精神疾患だな」
声量を戻し、椅子に座りながら言う宮林先生は軽く笑う
「って興味ないか」
あの時蹲っていたのは、紛れもなく望月紫帆だった
数年前の記憶とその姿が重なり、恐くなった
「また連絡します」
「気をつけて帰れよー」
急いで職員室を後にし、気付けば来た道を戻っていた
深呼吸し、息を整いながら背後に立つ
まだここにいて良かった
良かったのか?
いざ戻ってきてもかけていい言葉が分からない
「おい」
自分が思っているよりも、冷たい声に焦る
「…ぁ」
振り返った顔色は真っ青で、浅い呼吸だった
「大丈夫か?」
膝を折り曲げて視線を合わせば、望月は驚いたように目を見開く
「そんな鬼じゃないって」
目を見開いた望月が少しおかしくて、笑ってしまう
「ゲ…凪海じゃん、もしかしてナンパ?」
「違ぇよ」
声の主は篠崎 帆夏だ
「あれ望月紫帆ちゃんだ」
転校生だから知っていたのか、不思議そうにこちらを見つめている
そして俺は気づく
良いタイミングで帆夏が通りかかってくれたことに
「お前ここいろよ。俺先生呼んでくる」
そう言い立ち上がると同時に、腕を掴まれる
「え」
帆夏は目を丸くし、俺は驚きで声がでなかった
「ぁ…、」
掠れた細い息のような声が聞こえ、慌てて後ろを向く
「悪い」
そう言えば全力で首を横に振る望月の姿が
良く考えれば俺の腕を引っ張のはお前だったな、望月
“い か な い で”
望月の口が分かりやすく動く
「行かないで!?」
そしてそれを繰り返すように帆夏の声が聞こえる
「あ、先生呼ばなくていい?」
行かないでの意味を理解し、聞けば安心したように頷いていた
「なに、具合悪いの?貧血?」
帆夏がカツカツと歩いてきて望月の前に屈む
「大丈夫そ?」
そう言いながら俺を見て笑う
「仕事でしょ?時間大丈夫なの?」
わかる奴だ
いや、わかってくれる奴だ
「サンキュ」
帆夏が軽く手を挙げたのを確認し、電話をかけながら立ち上がる
「望月お大事にな」
無口な転校生は何も言わず、ただ俺を見つめて頷いた

