脇役だって、恋すれば

 その直後、胸を押し返した香瑚の瞳から涙がこぼれ落ちていて、我に返った俺は激しく後悔した。

 彼氏でもない男からいきなりキスされるとか、普通に考えて気持ち悪いだろ。拒絶されて当然だ。

 でも、泣くほど嫌だったんだな、俺のことが……。

 香瑚はなにも言わず荷物を掴むと、とても悲しそうな泣き顔を俯かせて教室を飛び出していく。咄嗟に呼び止めたが、ちょうどクラスの厄介なやつらがやってきて追いかけられなかった。変な噂でも立てられたら、また彼女が嫌な思いをするから。

 それ以来、香瑚はあからさまに俺を避けるようになった。やはり完全に嫌われたのだと、そこで諦めてしまった当時の青臭い自分が悔やまれる。今なら、簡単に身を引いたりなどしないのに。

 結局、無理やり彼女のことを考えるのはやめた。大学に進学し、社会人になって今に至るまで別の人と付き合った時もあった。

 しかし、誰と一緒にいてもどうもしっくりこない。〝この人だ〟と強く惹かれる感覚は、後にも先にも一度だけ。そんな存在にはもう出会えないかもしれないなと、恋愛は諦めて仕事に打ち込んだ。

 そうして俺の苦い初恋は、強制的にしまい込んでなんとか吹っ切れていた──はずだった。偶然再会するまでは。