「じゃ、お先にね。」


「ああ、お疲れ。」


笑顔を残して、京香が離れて行ってから、更に5分程、その作業に時間を費やした後、尚輝は改めて目の前に美しく咲いた花々に目をやる。ここにはいろいろな思い出がある。そして、やがての彼の瞼の裏に、ひとりの人物の面影が浮かぶ。


(元気にしてるかな、先輩・・・。)


少し物思いに耽っていた尚輝が、やがてその場を離れ、学校をあとにすべく、車に乗り込んだのは、それから30分ほどしてから。そして車を走らせて5分程、近くのスーパ-の駐車場に車を滑り込ませて、少し待つと


「ありがとう。」


と言いながら、さきほど別れたはずの京香が勝手知ったる様子で、助手席に乗り込んで来る。


「誰にも見られなかった?」


「多分大丈夫。」


こんな会話を交わしながら、尚輝は車をスタ-トさせる。尚輝と京香が高校を卒業して6年が経つが、実はふたりは在学当時から付き合っている恋人同士。だが、生徒に2人の関係が知られるのは、好ましくないという判断から、校内ではあくまで、一同僚として接しているし、当時を知るかつての恩師たちには、固く口留めをしている。


だが、下校の際は、京香が一足先に学校を出て、尚輝を待って、こうして合流して、一緒に帰ることが多かった。


「なんか、すげぇ悪いことしてるみたいだよな、毎度。」


「まぁね。」


そんなことを言いながら、でも2人きりのドライブは、やっぱり楽しい。もっとも、この日の2人はデートの為に待ち合わせたわけではなかった。車を40分程走らせ、着いたのは、料理も楽しめる居酒屋風レストラン。中に入ると


「こっちだ。」


と手招きする1人の人物が。


「待ったか?」


「いや、今、来たところって、デートかい!」


笑いながらツッコんで来たのは、西川秀(にしかわしゅう)。やはりふたりにとっては、高校時代のクラスメイトであり、京香にとっては、今もご近所さんの幼なじみでもある。大学卒業後、地元にUターン就職した秀は、信用金庫に勤めている。


「ここに来て、酒が飲めないのは辛いな。」


「仕方がない。お互い飲酒運転なんてしたら、一発で人生終わるからな。」


「いいじゃん。ここはお料理もおいしいんだから。」


「そうだな。よし、ジャンジャン頼むか。」


「そう言や、京香、初任給出たんだろ。だったら、なんか奢れよ。」


「なに言ってんの。2年前はあんたは何にもご馳走してくれなかったくせに。だいたい親を差し置いて、なんで秀に一番最初にご馳走しなきゃならないのよ。」


そんなことを賑やかに話しながら、料理を注文し終わると、3人はまた、話に花を咲かせ始める。