「よし、今日はここまでにしよう。」
ここは新入生を迎え、新たな1年が始まってからまだ間もない群馬県立颯天高校。その一角にある弓道場に顧問の二階尚輝の声が、響いた。その声に応えて、片付けに入った部員たちは、それが終了すると整列し
「ありがとうございました。」
そう言って一礼した。それに応えて礼を返した尚輝は
「お疲れさん。みんな気を付けて帰れよ。」
と笑顔で部員たちに告げた。三々五々、引き上げていく生徒たちを見送り、照明を消すと、尚輝は道場を出、そして施錠を行った。
(今日も終わったな。)
尚輝が、自身の母校でもあるこの高校に地理、歴史を中心とした社会科教師として赴任し、同時にかつて自分も所属した弓道部の顧問にも就任してから、3年目の春を迎えていた。まもなく5月、GWはもう間近だ。ちょっと前まで、17時の声を聞くと、真っ暗だったのに、部活が終わる18時を過ぎても、まだ明るさが残っている。
(もう初夏だな。)
温暖化の影響だろうか。近年は春があっという間に過ぎ、夏の訪れるのが、年々早まっているような気がしてならない。そんなことを考えながら道場を離れ、歩き出した尚輝が足を向けたのは、校内花壇だった。季節の花が咲き誇るこの花壇は長年、教職員や生徒の有志によって、維持管理されていて、尚輝もその一員になっていた。
近くの水道で水を入れたジョウロを手にした尚輝。ホースを引っ張って来て、散水すれば早いのだろうが、その水圧に大切な花々が負けてしまっては本末転倒。手間はかかっても、1つ1つの花に丁寧に水やりをして行く。
「二階先生。」
そこへ後ろから呼びかける声がする。尚輝には、振り返るまでもなくその声の主がわかる。
「きょ・・・いや、菅野先生。」
一瞬、普段のクセで、口から出かかった呼び名を飲み込んで、慌てて「今呼ぶべき名前」で呼び返す。
「お疲れ様でした。」
そう言いながら、笑顔で近付いて来たのは菅野京香。今春から着任した美術担当教師、尚輝にとっては、かつてのクラスメイトであり、そして・・・。
「やっぱりここだったんだ。」
「昼間忙しくてさ。水やり当番だったのをすっかり忘れてたんだよ。」
横に並んで来た京香に、苦笑いをしながら、しかし花に水をやる尚輝の手は止まらなかった。
ここは新入生を迎え、新たな1年が始まってからまだ間もない群馬県立颯天高校。その一角にある弓道場に顧問の二階尚輝の声が、響いた。その声に応えて、片付けに入った部員たちは、それが終了すると整列し
「ありがとうございました。」
そう言って一礼した。それに応えて礼を返した尚輝は
「お疲れさん。みんな気を付けて帰れよ。」
と笑顔で部員たちに告げた。三々五々、引き上げていく生徒たちを見送り、照明を消すと、尚輝は道場を出、そして施錠を行った。
(今日も終わったな。)
尚輝が、自身の母校でもあるこの高校に地理、歴史を中心とした社会科教師として赴任し、同時にかつて自分も所属した弓道部の顧問にも就任してから、3年目の春を迎えていた。まもなく5月、GWはもう間近だ。ちょっと前まで、17時の声を聞くと、真っ暗だったのに、部活が終わる18時を過ぎても、まだ明るさが残っている。
(もう初夏だな。)
温暖化の影響だろうか。近年は春があっという間に過ぎ、夏の訪れるのが、年々早まっているような気がしてならない。そんなことを考えながら道場を離れ、歩き出した尚輝が足を向けたのは、校内花壇だった。季節の花が咲き誇るこの花壇は長年、教職員や生徒の有志によって、維持管理されていて、尚輝もその一員になっていた。
近くの水道で水を入れたジョウロを手にした尚輝。ホースを引っ張って来て、散水すれば早いのだろうが、その水圧に大切な花々が負けてしまっては本末転倒。手間はかかっても、1つ1つの花に丁寧に水やりをして行く。
「二階先生。」
そこへ後ろから呼びかける声がする。尚輝には、振り返るまでもなくその声の主がわかる。
「きょ・・・いや、菅野先生。」
一瞬、普段のクセで、口から出かかった呼び名を飲み込んで、慌てて「今呼ぶべき名前」で呼び返す。
「お疲れ様でした。」
そう言いながら、笑顔で近付いて来たのは菅野京香。今春から着任した美術担当教師、尚輝にとっては、かつてのクラスメイトであり、そして・・・。
「やっぱりここだったんだ。」
「昼間忙しくてさ。水やり当番だったのをすっかり忘れてたんだよ。」
横に並んで来た京香に、苦笑いをしながら、しかし花に水をやる尚輝の手は止まらなかった。


