「あの時、なんで私の名前を知ってるんだ、って思ってたわ!」
 
 私を見下ろす、驚いた表情の人物。
 やっぱり会っている、あの時に会っている。

「ラブレターについてよ、私の予想があってるかどうかをいったら、この手をちゃんと離してあげる」
「それなら、いわなかったら離さないのか?」

 私がしっかと掴んでいた手に、犯人の手が重なる。
 思わぬ返答と行動に慌てて私はパッと手を離した。

 夏なのか冬なのかわからないあいつ。
 私の名前を、3年1組の教室でバラしたあいつ。
 目の前に立っていて、顔を覗き込んできたあいつ。
 この人物だけ、ラベルプリンターで名前が書いてあったから、いったん除外していた。その人物。

「ラブレターを送ったのは、ズバリあなたね!? 夏井雪人、あなたでしょう」
「ああ、そうだよ。全然違うヤツを探し始めるから……さすがに焦ったけど」

「なにをいうの、ほとんどヒントもなしでだったのよ? というか、探させといて、そんなあっさり自白するなんて拍子抜けだわ。それに、私に告白ごときで――なんで、そんなことを――」

「柳瀬、告白ごとき(●●●)、じゃない。それがどれだけ勇気がいることか、知らないだろ」

 夏井は私の言葉を切り捨てた。
 そういわれると、返答に困る。

「そもそも、どうして私を」
「柳瀬が雨の中、子猫を助けていたり……傘を貸してあげたり、怪我してる人を助けたり、道を教えてあげてたり、おばあちゃんの荷物を持っていたり……車にひかれそうになっていた子供を助けてたから……なんだか気になって」

 確かにそれやってたけど、あなた全部見ていたわけ?
 どっちかというとあなた、それストーカーじゃ――?
 一瞬戸惑ってしまったが、気をとり戻し、スカートのポケットから挑戦状(ラブレター)を取り出した。突き返すべく。

「じゃあ、ほら早く告白しなさいよ、フってあげるから」
「嫌だ」

 夏井は私をキッと睨みつけるように顔を向けた。

「フラれることがわかってるなら、今は告白しない」
「なんですって……!」

 想定外の返事がきた。それなら、もう別に用なんてない。踵を返そうとした私の腕を夏井は掴んできた。


「ちょっと、離してよ」
「だから」

 ぐい、と夏井は私の顔の、視界のまん前に現れた――そして。

「絶対に好きだ、と確証ができるまでは……告白しない」

――な、んて……想像とは違う、違う告白というか、宣言を受け――てる?

 茫然としていた私を覗き込んできて――

「おい、聴こえたか? ぼうっとしてるけど、柳瀬?」

 いや、なんだろう、この感覚は。
 背筋に脳内に駆け巡るなにかの感覚は。

「柳瀬」
「じゃ、じゃあっ」

 ものすごい勢いで私は夏井の腕を振り払った。屋上から出るべく、バンッとガラスの扉を跳ね飛ばすように押しのけ、階段を一気に駆け下りた。なにかが絶対無理、とにかく全力疾走で追ってきませんようにと祈るように死ぬ気で駆け下りた。それでも「おい、柳瀬!」と後ろから夏井が追ってくる!

――ちょっと、本当に、追ってこないで!!!

「逃げるな!」
 
 全力疾走して――末恐ろしいことに、夏井は想像以上に足が速いらしい。
 徐々に距離を詰めつつある。
  
「柳瀬、話は終わってない!」