「知ってる。君、柳瀬さんだよね。何度か校舎内を歩いているところを見たことがあるんだ。目立つしさ。俺たちが練習している最中に、そうそう、グラウンドを通りかかった時とか――背筋がピンとして、長い髪が揺れる様とかがほら、風を浴びて遠くを見てる仕草とかがさ、なんだかグッとくるらしくて。目がちょっとキツ目かなって思うけど、あっ俺は構わないよ。好みだしさ。こんなことがあっていいのかなあ、夢みたいだ。そうそう、サッカー部の奴らが話題にしてしてた。ただ、とっつきにくいところがあるなーって思ってはいたみたい。でもこうして本人と直接会ってみると、いやいや、そうでもないのかもしれないって気持ちになってきたよ。ところで、なんでさっきから腕を組んだまま一言も話をしないの? 随分と熱い視線を俺に送ってくるけど――というか、睨んでる?」

「あなたの話が止むのを、こうして待ってるの」

 お次は1年1組の高橋優斗、爽やかが服を着たと評判のスポーツマンだ。サッカーが得意でこの学校に推薦枠で入学したという話をいつかどこかで聞いた気がする。がっしりとした体格に健康的に焼けた肌。呼び出したのだが、どうも様子がさっきからおかしい。腕を組みながら、「話長ぇな」という雰囲気を(かも)し出しているのだが、さっきから察する様子は一切ない。

「待って、柳瀬さん。これから大事な話をするから。本当に大事だから、良く聞いて。最近、サッカー部の規則が変わって、恋愛オッケーになったんだ。なんでも部長とマネージャーがこっそりと付き合っていたらしくって。露見(ろけん)すると、今まで恋愛禁止にして付き合うのを我慢していた連中からダメだろうってめちゃくちゃに責められるもんだから。言い分はわかるよ、でもさ部活も勉強も両立できるならってことでさ。これから青春を謳歌(おうか)できるんだ。高校生活といえばスポーツと恋愛に尽きるだろ? だから、柳瀬さんからだなんて、ちょっと……じゃなくて、めちゃくちゃ嬉しかったんだ。本当に俺でいいの? あっ、でも俺もちゃんとそれなりにモテてたんだよ? ずっと誰から告白されても部活恋愛禁止だしって断っていたんだけど、いざ彼女が欲しいってときにはもう誰も周りにいないし、じゃあどうすればいいのかって」

 ほとんど聞いていなかったけど、今のは大事な話だった?
 いや、一番大事な勉強を切り捨ててたよね?
 要点はどこだったか、もはや見失いつつある。
 話をぶったぎるべく、私はとうとう声を荒げた。

「まだ終わらないの?」

「ああ、そうだった。ごめんごめん。まさか、テンションあがっちゃって。絶対イエスだから、安心して」

「なんの話?」

「え、もしかしてこのシチュエーション、告白かなって……ずっと彼女欲しかったんだ。夢にまでみた彼女……美人の彼女。いいよ、俺は構わないからとりあえず連絡先教えてくれる? デートしようよ」

「違うわ。どっちかというと――告白するのはあなたよ」
「え?」

 少し締めあげれば口を割るかもしれない。 

「さあ、いいなさい。今なら許してあげる……いいえ、素直に言えばビンタ1発で許してあげる」

 素振(すぶ)りをしながら、私は高橋優斗へと近づいた。
 驚愕の表情で私を見やる。

「待って、どういうこと。俺の彼女になってくれるんじゃないの?」
「……ならないわ、あなたから告白するつもりは?」
「全くない」
「心当たりは?」
「全くない」
「それなら往復ビンタで許してあげる」
「正直にいったのに増えてる!? なんで!?」
「じゃあ、最()の質問。私に手紙をだした記憶ある?」
「なんで殺されるの、俺!?」

 全力で首を左右に振る。どうも演技をしているようには見えない。告白する素振(そぶ)りなど全くない。本当に彼ではなさそうだ。どうやらこちらもハズレらしい。素振(すぶ)りをやめて、彼に視線を投げた。

「結局、なんだったの?」
「ごめんなさい、それなら人違いだったみたい。ああ、私も同感。一度しかない青春を心おきなく謳歌(おうか)するなら、我慢しないで全力でやればいいんじゃないの。サッカーも、勉強も、恋愛も」

 知った風な言葉をいい、私は立ち去ろうとして歩みを止めた。
 そういえば、彼はこの学校のエースを担う男子だった。応援の気持ちを込めて、(かつ)をいれるべくバシンと背中を叩いた。

「練習中に呼び出して、悪かったわ。サッカー、頑張ってね。応援してる」

 どうやらこの高橋優斗とやらは、スポーツマンらしく体幹がしっかりしているらしい。よろける様子すらない。私へと視線を落としたったひとことだけ「……ありがとう……」といいながら、頬を染めつつ私をみていた。さて次だ。