警視正は彼女の心を逮捕する

 一つ一つのしみに向き合う。
『たかが一ミリ』と軽く見てはいけない。
 微細に見えて、深くシミになっていることもある。

 進んだといっても、一日修復していてもわずか数センチ四方の場合もある。
 たかがではない、偉大な数センチだ。

「この作業が未来に芸術を遺すんだから」

 責任重大である。

 尊敬している修復師の方がおっしゃっていた。
『私達は美術品のお医者さん』だと。

 私も目指している最中だ。
 学生時代や修行時代もカウントしても、まだキャリア十年足らずのひよっこ。

 うちの美術館が企画する修復計画、全てに携わりたい。

「経験を積んで、師匠達のようになりたい」

 彼女達はまるで魔法使いだ。
 師匠達が汚れていた部位を一拭きした瞬間、絵画が当時に近い輝きを取り戻したときの感動は言い表せない。

 たくさんの経験から導き出された薬品の調合、力加減がなせる合わせ技だ。


 ……再び、掛け軸から顔を上げたとき、時間がかなり経っていた。
 首と肩を回すとコキコキ、と良い音がする。
 いや、よくないんだけど。

 部屋の隅っこに置いてあった私物入れから、携帯を取り出す。
 つい、鷹士さんからのあらたなメッセージがないか気になってしまう。

 画面を見て、目が丸くなった。