警視正は彼女の心を逮捕する

 ……驚いたけれど、たしかにそうかもと後日納得した。

 美術品は何千年も前から作られている。
 その美しさをなるべく保たせたいと考えた人達は、何百年も前から存在している。

『有名な美術品は何度か、なんらかの修復を受けていることが多い』と先生がおっしゃっていた。

 化学薬品がなかった昔は、唾液が有効だったのだ。
 それが連綿と、現在も智慧として受け継がれている。
 
「……ただ。今の人類って化学物質摂取しすぎだからなぁ」

 先人のように天然素材だけを口にしていたわけではないから、唾液の成分が今と昔では違っているかもしれない。

「もっとも昔だって。水銀の白粉とか、ヒ素を用いた美しいグリーン色のドレスや壁紙とか。知らないがゆえの、恐ろしい使い方もしてた」

 連綿とした歴史は、変化の連続でもある。

 今は唾液に頼るよりは、揮発性の薬品を使ったりする。
 くしゃみの飛沫とかよろしくないから、人体と美術品双方のためにマスクと手袋必須。
 エプロン着用の工房もあるけれど、私は白衣が好き。

「……さて」

 剥がした裏打ち紙や、表層の背面を見る。
 過去は教材だ。
 どのように修復したかったのかがわかる。
 私達は過去に使われた材料と向き合い、修復の履歴を探っていく。

 次は表層を水洗浄する。

「落ちない時は」

 薬品を使うけれど、強烈な薬は素材を痛める諸刃の刃でもある。
 もちろん『水洗浄時で落ちない場合は使用いたします』と記載済。

「今回使うかは、しみ次第かな……」

 しみは絵画の大敵だ。
 放置すると劣化が進む。
 場合によっては取り返しがつかなくなる。
 見つけ次第、早めに食い止める必要がある。