行うのは、染み抜きと折れやシワと破れの修復。
 変色や褪色についてはこのまま、と室長とも話をしている。

 なぜか。
 業界では『色褪せは年を経た美しさだよね』なんて会話もある。
 わかる。
 ……そんなふうに、あえて色彩は褪色させたままにして、当時の色を復活させたりしないこともある。

「この掛け軸は、まずは折れやシワの修復」

 掛け軸の構成は、和紙や絹だけではない。
 作品を縁取る裂地(きれじ)もある。
 巻いて保存するから、強度としなやかを保つため、和紙で裏打ちする。

 それらをくっつけくているのが糊だ。
 掛け軸は、これらの素材が何層にも重ねられている。

 水を霧吹きして糊をふやかしてから、裏打紙をはがす。息詰まる瞬間だ。

「よし」

 裏打ち紙を剥がしていく。
 繊細かつ手早く丁寧に。
 時間をかけると、乾いてくっつき直してしまう。

 かといって、乱暴に扱って破いたりしてはならない。

 振動も極力抑えて。
 なにより私の唾液や汗が、絵画にどれだけ悪影響を及ぼすかしれない。
 うまく剥がせた。

「ふう」

 失敗しなかった安堵から、大きな息を吐く。
 剥がした裏打ち紙をそっとトレイに置く。

「そういえば。『綿棒に唾液を含ませて拭くのが一番汚れが落ちやすい』と教えられたときは、びっくりしたっけ」