「彼は私を愛し、幸せにすると約束してくれました。私も彼に同じことを誓いました。鷹士さんがどうであれ、私が生涯愛して幸せにしたいのは彼だけです」

 私は悠真さんの目を見てはっきりと言った。
 悠真さんの表情が激しく歪む。
 小さく呟く。

「……なぜ……」

 私は席を立った。
 脚が痺れているけれど、気合いで歩いてみせる。
 戸口まで辿りついたので、後をみることなく宣言する。

「さようなら。もう二人きりではお会いしません」

 宗方の家にも行かない。
 引き戸に手をかけると、小さな声が耳に飛び込んできた。

「理解できない」

 悠真さんの口調が気になった。
 ためらったけれど、振り返る。

 悠真さんの表情が、政治家として取り繕っていた仮面ではなくなっている。
 私を見つめているものの、衝撃を受けたような顔をしていた。
 価値観が壊れたような。

 唐突に理解する。
 悠真さんは、生まれたときから『恋愛と結婚は別物』と信じ込まされていたんだ。

「可哀想なひと」

 私の口からひとりでに言葉が出た。

「ゆう君。結婚てね、本当に好きな人とするんだよ」

 幼い頃、三人で遊んでいたときの口調になってしまったが、気にしない。

「日菜が好きだ! ……でも、結婚は出来ない……それがセオリーで!」

 必死な言葉が返ってきたが、私は首を横に振る。

「好きってね。心も体も、そして籍も自分のものにしたいってことだよ」

 私なら、好きな人を他の誰とも共有したくない。
 そして価値観の違う人と、気持ちや体は重ねられない。

 悠真さんはなにか言いかけ、そして黙る。

「私は鷹士さんを愛して幸せだから。あなたも別の誰かと幸せになってね」

 私が離れの外に出ると、控えていた女性は驚いた。
 けれど私の顔を見ると、なにも言わずに出口に導いてくれた。
 ハイヤーを呼んでくれたので乗り込む。

 ……やっぱりハイヤーは外が見えないようにされていたけれど、私はもう構わなかった。