悠真さんにとっては隠れ家的な料亭も、そこでの密会も『カジュアル』なものなんだ。

「そして、『本当に愛する人は家に入れない』という所も一緒だ」

 ……なんて?
 聞きそびれた。

「結婚という制度は、男にとっては鎖だ。鷹士にとっても手錠に等しいだろうね」

 私が、鷹士さんを縛っている?
 確かに、新婚旅行では苦労させてしまった。
 ほかにも我慢を強いているのかもしれない。
 ……もしかしたら。私を家に引き取ってくれてから、ずっと無理をさせていたのだろうか。

 おそらく、私はひどい顔をしている。
 けれど悠真さんは気にしない。
 せつなそうな、それでいて甘い表情で囁いてくる。

「僕も鷹士も、愛する人を家に縛りつけたくないんだ」

 鷹士さんも。
 だとしたら、彼には私の他に好きな女性がいるというの?

 正座した脚や太ももの上で握りしめた拳から、冷気が這い上がってくるように感じる。
 目の前が暗くなってきた。 

「日菜。僕は君を愛している」

 ゾッとした。
 見なくてもわかる、きっと体中に鳥肌が立っている。

「日菜がイタリアに行かされたのは、僕が君に夢中だったからなんだ」

 彼の声が熱を帯びた。
 国民の代弁者であることに誇りを持っている表情。
 
『世襲政治家の中でダントツの期待度』
『政界のプリンス、満を持しての立候補!』
 煽り文句とともに、見ないようにしていても目や耳に飛び込んできた、悠真さんの情報。

「あの頃の日菜は、単なる使用人の子供だったからね。父に君との結婚を渋られたんだ」

 ……選挙演説の声だ。
 聴衆に、自分が有能でいかに正義かを説いている。
『自分を選んだら、有権者の皆さんに夢を見させてあげましょう』と。
 皆。
 明るい未来に期待して、彼の名前を書いて投票箱に入れる。