「知ってのとおり、僕は『結婚して一人前』という世界にいる。おそらく、鷹士もね」

 なにが言いたいのだろう。
 私は用心深く彼の目を見る。

「僕は政治に有利な綾華を」

 聞きたくない。
 耳を塞ぎたいのに、体が動いてくれない。

「鷹士は芸術に造詣の深い日菜を、それぞれ選んだ」

 いやあああ!
 私は絶叫したつもりだった。
 けれど、実際は目を見開いたまま微動だもしていない。

 ……私、変。
 心と体が分離してしまったみたい。
 どこか、映画のように自分を観察している自分がいる。

 悠真さんはじいっと私を見ている。
 私は彼から目を逸らしたくて、ネクタイの結び目あたりに視線を泳がせる。
 ……以前、悠真さんの誕生日に私が贈ったものだ。

 イタリアでの修行時代、頑張って貯めたお金で買った。
『ここぞというときに着けてほしい』という勝負ネクタイのつもりだったけど。

『ありがとう、カジュアルに着けられそうだね。日菜はセンスがいいね』と言われた。
 あのときの私は『日常に着けてくれるんだ』と、自分に都合がいいように解釈して喜んでいた。

 なんて間抜けなんだろう、今になって彼との経済観念の差を理解するなんて。