「通して」

 くぐもった声だったけれど、悠真さんだとわかってしまった。

 ……あの日以来なのに。
 どうして私は彼の声を覚えているんだろう。
 どくんどくんと脈うつ心臓を抱えながら、私は部屋の中へ入る。
 
 書院作りを背にして座っている悠真さんは、寛いでいるように見えた。

「日菜、ひさしぶりだね」

 にっこりと微笑む、彼。

 ……選挙ポスターと同じ笑顔。
 そして、いつも私に向けられていた表情と同じだった。

 私は、彼にとって有権者の一人。
 ううん、彼が立候補した地域の住人でないから、その他大勢にすぎない。

 座って、と座卓を挟んで彼と差し向かいの座椅子を示される。
 立っているのも変だし、渋々私は座った。

 彼の顔を見ないようにして、座卓にむかって頭を下げる。

「ご無沙汰していました」

 私が挨拶を返せば、悠真さんは苦笑した。

「僕と日菜の仲なのに、他人行儀だね」

 私は自分の顔が強張るのを感じた。

 あなたと私がどんな仲だというの。
 雇用主と使用人の関係だと、まだ言うつもり?

 口を開けば、詰ってしまいそうだった。

 無言の私を気にしているのか、していないのか。彼は表情を曇らせた。

「顔色が悪いね」

 ぎくりとする。