「人違いです」

 いい捨てると私は、男性に背中を向けた。
 慌てたらしく、後ろから声を掛けられる。

「そんなはずは……。そうだ、メッセージをご覧ください!」

 私の携帯が、ちょうどのタイミングで震える。
 まさか、鷹士さん?
 ドキドキしながら、携帯の画面を見て固まった。

『日菜、悠真だ。話したいことがあるので、向かわせた車に乗って欲しい』

 唖然茫然愕然。
 ……ほかに『然』のつく熟語で、呆れたとか驚いたって意味の言葉はなかったろうか。

「どうぞ」

 なにも考えられないでいるうちに、スーツの男性に導かれて、結局はハイヤーに向かって歩いてしまった。

 男性が車の前で立ち止まる。
 また助手席なの?
 苦い気持ちを噛み締めていると、男性は後部座席のドアを恭しく開けてくれる。

「……今度は違うんだ……」

 私がぼそっと呟く。
 聞こえなかったらしく男性は運転席に座った。

「出発いたします、シートベルトをお締めください」

 声を掛けてきた。
 せめてもの抵抗で、無言でシートベルトを締める。
 すると、車はすーっと動き出した。

「はあ……」

 ひそかにため息をつく。
 私って学習能力がない。

 そして、この人は誰だろう。
 綾華さんの運転手さんではないし、宗方のおじ様の秘書さんでもない。
 悠真さんの秘書さんだろうか。