「日菜乃?」

『夜の帝王すぎる!』と悲鳴をもらった目つきで彼女をのぞきこんだ。
 ぷしゅうう、と彼女の頭から蒸気が噴き出たみたいになる。
 吹き出すのをなんとか我慢した。

「そ、それはですね……」

 しどろもどろに説明を始めてくれたので、曖昧な表情を浮かべて見せる。

 ちら、と日菜乃が自分を盗み見た気配。
 わかるかな、苦手かな、と窺う表情。

 告白していないが、聡い彼女は鷹士が芸術オンチなのを知っているようだ。
 さりげなく初歩的な知識も教えてくれる。

 説明しながら、時折ついてこれるかな、と確認してくる。
 申し訳ないような、揶揄いたいのを我慢しているような。
 
 日菜乃の、この表情を見ると鷹士の中に嗜虐心と征服欲が湧いてくる。

 トドメだ。
 彼女の耳を唇で喰む。
 ヒャン、と子犬のように啼いてしまう妻が心底可愛いと思う。
 ……今日の夜、抱き潰すのは決定だなと思ったことなど、おくびにも出さない。

 いかにも冗談めかせて。
『美術修復士の夫が芸術を解さないなんて、言いふらさないでくれよ』と囁いてみせた。