夫の様子に気づかず、日菜乃は続ける。
 寂しくなったから、彼女を抱きしめた腕に力を込めた。

「月さんの結婚相手は、青井宗佑(そうすけ)さんと言います」
「それで……ペンネームか」

「はい。月さんも旦那さんも公務員だったそうです」
「なるほど」

 副業禁止だろうから、本名で出せなかったのだろうというのが通説だという。
 納得した。

「このシリーズは彼女が難病を発症したのち、旦那さんが彼女の手を握り、二人で描き上げたそうです」

 宗佑の手記に記載されているらしい。
 また、男性がキャンバスへ向かっている女性に手を添えている写真も残っている。

 いわば二人三脚の作品で、共作と主張しても良かったはず。
 しかし、宗介は妻の作品であると終生にわたって言い続けたという。

「本当に、奥方を愛していらっしゃったんだな」

 鷹士は呟く。

 警察に入庁してから感じたのは、男性が加害者で女性が被害者である事件のほうが、逆のケースより圧倒的に多いということだ。
 妻を虐げる男性も多いなか、頑なに妻の名誉を守ろうとする夫の姿に感銘を受けた。

「【群青】シリーズは、全作品で十二点プラス一点です」

 鷹士は日菜乃の言い方が気になった。

「プラス一点?」

「はい。月さんが構想したラフ画が残っているんですが、それが全部で十二なんです」

 目の前の作品は、月の没後に宗佑一人で描かれたものであると。