「それにしても、あんまりだ」

 使用人なら、どんな扱いをしてもいいの?

 宗方家を責める気持ちと。
 同時に、自分がどれだけ脇が甘かったのかというやるせなさ。
 色々な感情が綯い交ぜになる。

 鷹士さんによって癒されたはずなのに、あのときの苦しみが蘇ってきそうだった。
 涙が滲んできた目を乱暴にこする。

「……でも」

 以前の私だったら、宗方の人達に怒るなんてあり得なかった。
 鷹士さんに愛されて初めて、私は『使用人ではない藤崎日菜乃』でいいのだと知った。

 綾華さんの朱い唇が動く映像が浮かぶ。
 うつむきそうな顔をむりやり上げる。

「綾華さんの言うことなんて、信じない」

 鷹士さん。
 今、とてもあなたに会いたい。
 私は自分の家を目指した。

 ……運転手さんは適当に街中を流していたらしく、近くに駅がない。
 けれどタクシーを停める気にもなれず、私は普段の倍以上の時間をかけて自宅に戻った。

 マンションの明かりが見えるところまで辿り着けて、ようやく強張っていた体が緩む。
 ふと、婚姻届を区役所に出す前、鷹士さんに言われたことを思い出した。