「泣かないの」

 す、と耳元に寄ってきて囁く。

「家に帰ったら、存分に啼かせてあげるから」

 ぼ、と体が熱くなり。
 涙は引っ込んだ。

 絶対、漢字を使い分けてる!
 二回目のほうはきっと……。
 
 私がポーッとしているうちに会計が済んでしまった。
 自分の分を払うため、財布を探ろうとした手を掴まれる。
 ……痛いほどに強く。
 それはいいのだけど。
 なんで、さっきまでみたいに腰を抱いてくれないの?

 不思議に思い、彼の顔を盗み見れば、凶悪なほどに引き締まった顔をしていた。
 怖い。
 どうしたのかな。
 なにか私、間違ったことをしただろうか。

 不安を気取られてしまったのか、微笑みかけてくれる。

「ああ。すまない。日菜乃に密着していると、この場で抱いてしまいそうだから」

 どきん。

 夜の中で、彼は壮絶なほどの情欲を隠そうともしていなかった。
『私を欲しいのだ』と、鷹士さんの体が全身で叫んでいる。

 私が魅入られたように固まっているのを、怯えていると勘違いされたのだろうか。
 ふー、と長く息を吐いて荒ぶる気持ちを鎮めようとしてくれている。

「明日明後日。日菜乃も休みだったよな」

 問われているわけじゃない。
 おそらく、鷹士さん自身への確認だったけれど、私は返事をしなければならないと思った。

「はい」
「ここで我慢する分、ベッドから出してやれない」

 食いしばっている歯の間から絞り出すような声だった。