そんなわけで、私は休日のたびに美術館巡りをしている。
 年パスを数種類使い分けているけれど、なによりも美術資料や器具などを賈うためにお給料はとっておきたい。

「ベンチに座ってデータを打ち込んで。家に帰ってから、データをまとめるのが楽しいんです」

 全然お洒落じゃなくても、私は私なりに美術館を堪能している。
 私は胸を張って答えた。

 すると、組んだ両手の上にあごを乗せた鷹士さんが、悪魔の誘惑をしてくる。

「俺と結婚すると、もれなく併設のレストランつき」

 私は居ずまいをただした。
 これは誤魔化せない。

「なんで鷹士さんは私と結婚しようとしているんですか」
「日菜乃を好きだから」

 即答された。
 嘘でもない冗談でもない、真剣な表情。
 彼は本気で私を好きなんだと理解してしまった。

「……なんで、私なんかを?」

 喘いでしまう。

「『なんか』という人間は存在しない」

 鷹士さんが両手を伸ばしてきた。
 私の頬を包んでしまったのに、逃げようとは思わない。

「俺の知っている藤崎日菜乃という女性は」

 揺らがない双眸。
 バリトンの音波が心地よい。

「つつましい家庭に育ちながら、美術修復の道を志した。苦労しただろうに、自分で(みち)を切り開き、さらには道を極めようとしている女性。尊敬しない理由がどこにある?」