幸せの道しるべ~理想の時間に逢えるカフェ

 ふたりが食べようとすると、突然店内が暗くなった。雪あかりでほのかに明るかった外の雪景色も全く見えなくなる。代わりに、ふわふわと小さな金色の明かりが店内に舞い始めた。その光は、まるで星屑のようにキラキラと輝き出し、店内の空気が神秘的なものに変わった。

 そして、その光が一箇所に集まると、ぼんやりと女の影が現れた。それはだんだんとはっきりとした形に変わり、見覚えのある人になる。

 母が今、目の前に――。

 若菜は優しく微笑み、柊と剛を見つめた。

柊は息をのんだ。母の温かい眼差しが柊の心にじんわりと入り込んでいき、柊の胸が温かくなってきた。

「柊、元気?」

 生前と変わらない姿、話し方。
 幻の風景だという考えが薄れていく。

「ひ、久しぶり。元気だよ! 母さんは?」
「私も、元気だよ」

 何年も一緒に過ごしていたはずなのに、すぐに母の存在には馴染めなくて、少し人見知りをしてしまった。この、今、見えている母は、人ではなくて、母の幻影かもしれない、いや、幻影だ。でも、母の手がテーブルの上に置かれ、その手のひらに軽く触れた瞬間、母の手の温もりが実在するように感じられた。

 話したいことがたくさんあると思っていたのに、実際母を目の前にすると言葉が喉に詰まる。ただ母の微笑みをじっと見つめるしかできなかった。

「ふたりと一緒に食事をしても、いい?」

柊と剛は「う、うん」と同時にぎこちなく頷いた。優里は驚きながらも、温かい笑顔で若菜を迎え入れた。

 若菜が柊の隣に座ると、若菜の目の前に、もう一つオムライスとスープ、アップルパイが自然と現れる。

 若菜の笑顔、剛の穏やかな表情、柊の喜び、そして優里の新鮮な驚きが交錯し、店内は今までで一番温かい空気に包まれた。

 食事の間は終始、穏やかだった。食事が終わると、若菜の姿が徐々に薄れていく。

「柊は、これからも幸せでいてね」

若菜は優しく柊に言った。生きている時と全く変わらず、見えているのか分からないぐらいに目を細めた笑顔で。いつも誰よりも子供の幸せを願っていた母。柊は言葉を失い、ただ頷くしかできなかった。

 柊は涙がこぼれそうになり、胸から溢れた温かさが身体全体に流れていく。

 続けて若菜は剛の方を見た。

「兄ちゃん、約束を果たしてくれて……柊を幸せにしてくれてるみたいで、本当にありがとう。地元に戻ってきて家族と向き合ってくれて、嬉しかったよ!」
「まだ、両親とは完全に和解してないけどな」

 そしてしばらく無言になった後、続けて言った。

「若菜、今までごめん。そして、これからも柊のことは任せて! 絶対に、幸せにするから!」
「ありがとう、お兄ちゃん」

 深くお辞儀をする若菜。にやっとしながら剛も目を潤ませ、深く頭を下げた。

「柊、本当に幸せに生きてね? それがお母さんの一番の願いだから。大好きだよ」

 若菜の姿が何も見えなくなる。

「僕も、大好きだから……一生、大好きだから!」

 柊が思い切り叫んだ。

 店内は再び明るくなり、雪あかりが綺麗な雪景色が窓の外に広がった。三人は満足げに、微笑み合った。


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