幸せの道しるべ~理想の時間に逢えるカフェ

 元妻の奈津美と別れた原因が、娘の優里が生まれた時に、自分は仕事のことで精一杯で、全く家族と向き合わなかったからだと、中野は剛に説明をした。

「最初は奈津美の、自分への愛が冷めた理由が全く分からなくて『どうして急に愛が冷めて、別れを切り出したのか?』と聞いたら『急にではなくて、少しずつ積み重なって……』と答えたんですよね。もうその時には、手遅れでした」

 中野は眉間に皺を寄せ、深いため息をついた。そして話を続ける。

「奈津美が離婚を決意するのに決定的だったのは、娘が生まれて少し経った時でした。奈津美に家事育児、全てを任せていましたから、奈津美に限界が来て……辛くて。でも最後の望みだと、自分に相談してくれたのです。でもその時の自分は、全く奈津美の話を聞いてやることができなくて……もう、本当にずっと、後悔しています」

 話はそれだけではなかった。

「別れてからも養育費だけ支払い、会うことはなく。しばらくしてから、隣町の駅で奈津美と優里に偶然再会しました。娘の優里は高校生になっていて、別れてからそんなにも経っていたのだなと感じました。自分は奈津美と別れてから時間は止まったまま――」

 中野の言葉が詰まると剛は「大丈夫ですか?」と声を掛けた。

「はい、大丈夫です。そして、衝撃的なことが起こりました。優里は別れた時に幼かったので仕方がないとして、奈津美の記憶力は低下していて……奈津美は私のことを、何一つ覚えていなかったのです」

――ずっと想っている人が、自分のことを全く覚えていない。考えただけで苦しくなった。僕の場合は剛さんや、大学の数少ない友人たち、連絡はあまりとっていないけれども父親……そして、もしも母が生きていてそんな状況だったら?

 映像を観ながら柊は想像した。そして胸の辺りが痛くなって、胸をぎゅっと押さえた。