(幸い、オリビア嬢にはまだ僕の名前を伝えただけだ。姉さんの素性は明かしていないし、姉さんの正体に気付いた素振りもなかった。それに、さっきの医者には『客人の体調不良の原因が妊娠であることを口外しない』と確かに約束させてある。彼から屋敷の者へ伝わる可能性は低いだろう。つまりオリビア嬢さえ上手く誤魔化すことができれば、何も問題はないはずだ)
シオンは、ここまでのことを凡そ数秒で思考すると、「姉さん、僕、考えたんだけど――」と、顔を上げる。
「さっき、先生はこう言っていたよね? 『妊娠初期は、自然流産する確率が小さくない』って。だから、周りにはもうしばらく、妊娠の事実を伝えない方がいいと思うんだ。つまり、この屋敷の人たちにも、姉さんの素性は明かさない方がいいと思うんだけど、姉さんはどう思う?」
「……それは、わたしが皇子妃であることを隠すってこと?」
「うん。幸い、姉さんが皇子妃であることはまだ誰にも気付かれていない。だから、このまま隠し通せればと思ってる。今は殿下もいらっしゃらないし、万が一にでも何かあったらいけないから」
「…………」
シオンの言葉に、エリスは驚きを隠せないようだった。
助けてもらった恩人に嘘をつくというのが、どうしても気になるのだろう。
だが最終的には、シオンの意見を渋々ながらも承諾してくれた。
こうして二人は、自分たちの素性をランデル王国の商家の夫人とその弟という設定にし、無事オリビアを誤魔化すことには成功したのだが――。
その後、帰りの身支度を整えたエリスとシオンの元に、「兄が帰宅したので紹介しますわ」とオリビアが一人の青年を連れてきたことで、事態は一変した。
青年は、エリスを一目見て硬直する。
「……あなたは」と。
そしてまた、エリスもハッと目を見張った。
「……リアム、様?」
――そう。
なぜならオリビアの兄とは、エリスが建国祭で溺れた子どもを救助した際の協力者であり、アレクシスの旧友でもある、リアム・ルクレールだったのだから。



