【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜


 ――セドリックは、この薬に効き目がないとわかっていた。
 三日前から朝夕飲み続けているが、症状は改善するどころか悪化するばかりだからだ。

 けれどもし薬を拒否すれば、アレクシスに要らぬ心配をかけてしまうだろう。
 それだけは、避けたかった。

 セドリックは、込み上げてくる吐き気に耐えながら、粉薬を一気に水で飲み下す。

 するとアレクシスは、セドリックが薬を飲み干したのを確認し、安堵の息を吐いた。

「お前、そろそろ何か食べられそうか? ここ数日、水しか口にしていないだろう。少しは食べないと、身体が持たない」
「……あ。……それは……」
「『食欲が湧かない』――か?」
「…………すみません」

 ――セドリックはここ数日、水以外のものを殆ど口にしていなかった。

 喉に物が通らず、パンや肉は食べてもすぐに戻してしまう。
 スープなら飲めるかと思ったが、この国の調味料や香辛料は、病気の身体にはどうしても合わなかった。

 口にできそうなものといえば果物くらいだったが、現在ランデル王国内の生鮮食品――中でも果物価格は、帝国とスタルク王国の戦争の影響を受けて高騰している。
 そのため果物は贅沢品となり、孤児院の食卓に並ぶことはなくなっていた。

(ああ。本当に僕は、どこまで殿下の足を引っ張れば気が済むんだ)

 セドリックは唇を噛みしめる。
 本来ならば、自分がアレクシスを支えなければならないのに――と。

 そんなセドリックの気持ちを知ってか知らずか、アレクシスが呟いた。

「すまない」と。

「……え?」
「すまない。……お前に、何もしてやれなくて」
「……そんな。――そのようなことをおっしゃらないでください! 大丈夫です! 明日にはきっとよくなりますから! すぐに治しますから!」
「……ああ、そうだな。……早く……早く元気な姿を見せてくれ、……セドリック」
「――!」
「俺には……もう……、……お前、しか……」
「……っ」

 今にも泣きだしそうなアレクシスの声に、いつになく弱気なその表情に、セドリックはハッと息を呑む。