なりきるキミと乗っ取られたあたし

 混乱している陽向くんにあたしたちはゆっくり順を追って、説明していった。
「――ということなんだけど」
 あたしが息をつくと、陽向くんは「信じられない」といった。そしてすぐさま首を振った。
「ああ、違う、信じてる。嘘だと思ってないよ。そういう意味じゃなくて、またそんなことが起こるなんてさ」
「あたしもびっくりしてる」
 あたしが率直にいうと夕凪もうなずいた。
「うん。驚いた。入れ替わりの方法とか知らないし。どうしてこんなことになったのか……」

 しれっとそんなことをいう夕凪をつっこんだ。
「そんなこといって、入れ替わった瞬間、たいして驚いてなかったでしょうが。平然とあたしのふりして友達と仲良く帰って行ったじゃない」
「音無さんだって、普通に夕凪風太になりきろうとしてたよ」
「それはそうでしょうよ。みんなの見てる前で、あたしの体返してとかいえないし!」
「こっちだって、多少のことは知ってたし、驚いてる場合じゃなかったし!」

「あ、あの……」
 陽向くんが言い合うあたしたちを止めにかかる。
 興奮していたあたしたちは我に返ってシュンとなった。

「……ごめんなさい。また日向くんまで巻き込んじゃって」
「それはいいんだ。でも、なんとかしたいよね。その場にキリコもいたんでしょ。気づいてないの?」
「どうかな」
 あたしは夕凪を見下ろした。この背の高さはまだ慣れない。

 けど、夕凪はあたしより女の子っぽくきゅっと口を結んで「うーん」とうなっていた。
「気づいてるとは思うんだよね。こっちは音無さんのことよく知ってるわけじゃないから、キリちゃんの話に合わせてたんだけど、どうやらそれがウソのようで」
「キリコが? どんなウソを?」
 それは陽向くんに聞かれたくないことだった。
「いや、あの、それはいいの」
 あたしは慌ててはぐらかす。

 夕凪から話を聞いてあたしは頭に血が上って思考がストップしてしまっていたが、考えてみればキリコは気づいているに違いなかった。
 キリコはあたし――とはいっても夕凪が中身の音無花音――がいるところで、幼なじみの陽向に近づくためにすり寄ったと嘘をついている。本物の音無花音なら全否定してむしろキリコに三人がかりで制裁を加えているところだ。

 でも、夕凪はそんなことを知らないから話を合わせてしまった。
 それでキリコは入れ替わりを確信しているはずだった。

 あたしはふたりに向き直った。
「ともかく、気づいているはず。キリコにも、もう一度話しを聞いてみようと思って」
「それがいい。オレじゃ役に立たなそう」
 陽向くんが申し訳なさそうにいうと、夕凪は首を振った。
「いいんだよ。陽向には、まず誤解を解いておかないといけないなって思ったから」
「そうだよな、ふたりが付き合ってるとか、なんとなく不思議なかんじがしてたんだ」
「不思議って?」
 あたしが疑問を口にすると、今度は夕凪はさえぎった。
「気にしないで。陽向は部活でしょ。引き留めてごめん」
「ううん。大変な目に遭ってるんだからさ。力になれることがあったら言ってくれよな。じゃあ」

 陽向くんが走って体育館へ向かうと、なんだかホッとした。
 入れ替わりを信じてくれたし、ちゃんと誤解を解くこともできた。
「まずひとつは解決だね」
「言いふらすようなヤツじゃないけど、一応ね。付き合ってると思われたままだと、あれだし」

 そうはっきりと誤解を解きたかったと言われるのもあれだけど。
 まぁ、ハプニングで陽向くんと接点持てたぐらいの前向きさでいよう。

 あたしはパチンとひとつ手を打った。
「よし、キリコのところへ行くか」
「音無さんとキリちゃんが元に戻ったんだから、きっとキリちゃんがなんとかしてくれる」
 夕凪はかわいらしく、胸の前でにぎりこぶしをつくった。
「もう。楽観的だなぁ。キリコはあたしのこと、あまりよくは思ってないよ。関係ないとかいって、取り合わないかも」
 ナーバスなあたしに夕凪は微笑んだ。
「大丈夫。夕凪風太の力にはなってくれるよ」
「なにいってんの。幼稚園が一緒だっただけでしょ?」
「それをいわないでよ」
 あたしたちは文句を言い合いながら、キリコのうちに向かった。