なりきるキミと乗っ取られたあたし

 あたしは草加さんの後ろに着いていきながら、夕凪に親指を上に向けた。
 あんがいやるじゃないか。すんなり草加先輩を連れ出すことに成功している。
 でもそれは草加さんにだってやましいことがあるからだ。
 あんなふうにキリコを取り囲んで、誰がどう見ても、あれが相談事だとか、そんな穏やかな話しであるわけない。

 草加さんは陸上部員に背を向けて話し出した。
「キリコが2年の女子に、後ろから制服の裾をつかまれて、めくりあげられてたんだよね」
 いきなりそんな話を持ち出されて、思わずドキリとした。
 それはわたしでも、たぶん、双葉でも友梨奈でもないが、キリコなら、だれからでも、そんなイタズラをされる可能性はあった。

「驚いて振り返ってたけど、なにもいえなくて、それで今度はスカートの裾をつかまれたんだよ。そんときにさ、九重が……ああ、九重って、知ってるでしょ。九重十斗。生徒会長やってる」

 唐突すぎる登場だったが、もちろん知っている。
 九重先輩は野球部のキャプテンで、生徒会長で、女子ならばためらいなく黄色い声援を送ってしまうくらい絵に描いたような憧れの先輩像で、それでいて、だれのものでもなく、だれのものでもあるような気さえする男子生徒だ。

 こんなところで、あるいは毎日だれかが九重先輩の噂していてもおかしくないけど、キリコとはまったく結びつかなかった。
 草加先輩はますますおもしろくなさそうにまくし立てる。

「たまたま通りかかった九重が後ろから声かけて。どうしたの?裾がほつれそうになってるの?先生から裁縫道具借りてきてあげようか?って。それで、その子たちもすっかり怖じ気づいてなんでもないですって、その場は収まったんだけど、キリコったらその件ですっかり九重に心射ぬかれたみたいで。だから好きなのかって聞いたの。そうしたら、すました顔で『別に』とかいって」

 草加先輩はついには怒りだしていた。
 嫉妬したんだろうか。あのキリコに。

「好きなら告白すればいいじゃんっていったのよ。それで結果を教えてって。九重もさぁ、だれでもかれでもやたら優しくして、罪なヤツだよ。ヘタに関わって、つきまとわれて、うざいだけなのに、バカみたい」

 なんだ、やっぱり嫉妬してるだけじゃん。それでキリコにからんでいるのか。
 しかも、どうやらキリコが九重先輩に恋したと勝手に決めつけてかかっている。
 どうせ振られるに決まってるから、それを笑ってやろうという魂胆なのだ。

 夕凪は理解しているのかいないのか、
「草加先輩は、九重先輩に反感持ってるんですか」
 と、ずれたことを聞いている。

 草加さんはきりきり舞いだ。
「今の話し聞いてた? うちらはキリコの背中を押してやっただけ。ただ、隙のない九重が、キリコみたいな子から告白されて、どんなふうに断るのかなと思ってね。興味あるでしょ? 優しさをふりまいておきながら、結果、残酷なことしてるんだから」

「そんなの、わかんないじゃないですか。なんで振られる前提なんですか」
 夕凪があほみたいにまっすぐな感情でいうと、草加さんは眉尻をピクリとつり上げて詰め寄った。

「あなた、自分のことかわいいと思っているでしょ? キリコのこと、下に見てるでしょ? なのに、結果がどうなるかわかんないとかさ、白々しいこといってんじゃないよ」
「九重先輩がどういう人が好きかなんて――」
「もういい!」
 あたしは折れそうにない夕凪の腕を引っ張った。

 とばっちりにあうのはあたしなのだ。キリコに飽きたら今度はあたしがターゲットになってしまうだけだ。

「よくわかりました。部活中、すみませんでした。今後ともキリコをよろしくお願いします」
 あたしは勢いよく頭を下げ、となりで「ちょっと、お願いしてどうすんの」と、まだいい足りなそうにしている夕凪を引き連れて立ち去った。