なりきるキミと乗っ取られたあたし

「せっかくだけど、これから学校に戻らなくちゃいけないのに、メイクはまずい」
 先生に見つからなくても、陸上部の先輩から事情を聞き出そうというのに、メイクなんかしていたらそれだけで反感買いそう。
 メイクは落としてもらわないと。

 回れ右して逃げ出そうとする夕凪の腕をガッチリとつかんだ。
「こら、逃げるな」
「明日にできない? ね、明日は絶対いうこと聞くから」
 夕凪は両手を目の前に合わせて拝み倒す。

 そんなこと言われても、早いところ問題を解決して双葉と友梨奈との関係を修復しなくちゃいけない。
 それがあたしにとっては第一だ。
 でも、その関係が気になるのも、あたしが元の体に戻ったときのことを考えてこそだ。

 あたしは元に戻りたい。
 そのためにはどうしたらいいのかわからないけど、それには夕凪の協力は絶対だ。
 夕凪をとっとと満足させたらいいのか。それとも、もう戻りたくないほど音無花音でいることを気に入ってしまうのか……

 だけど、こちらの要望を答えてほしければ、まずは相手からだ。
 あたしはいっそのこと夕凪を誘ってみることにした。
「わかった。じゃあ、これから夕凪のうちに一緒に行かない?」
「一緒に?」
「うん。夕凪が持ってるメイク道具でメイクしてよ」

 あたしはそう言って自分の鼻を指さした。
 つまり、まだやったことがないという夕凪自身の顔を。
 夕凪は顔をこわばらせてこちらを見ていた。毎日毎日見ていたこの顔を。

 あたしも自分の顔を見つめ返す。
 飽きるほど見て、イヤな部分も見つけて、それでもこの顔と一生添い遂げなきゃいけないと諦めにも似た感情になりながら受け入れて。

 夕凪は自分の顔のことをどう思ってる?

「夕凪がどんなふうにメイクしたいと思っていたのか見てみたい」

 夕凪は時間をかけて考えて、やがてはうなずいた。