なりきるキミと乗っ取られたあたし

「一応聞いといてあげる。家とか学校とか、どんな態度取ればいい?」
「別に。音無さんの自由な反応でいいよ」
「あとあと困るでしょ」
「うーん、もう、いいかなって」

 まっすぐ、遠くを見ながら、あまりに無感情にいうので心配になった。
 家族なんてどうでもいいとか、自分のことだってもう頑張らなくてもいいかなって思わないわけじゃないけど、夕凪の感情が本気すぎるように見えて怖い。
 このまま消えていなくなりたいなんていわれたら、激重すぎて困る。

「あ、あのぅ。あんまり意味深なこと、言わないでくれる? この体、捨てたわけじゃないんでしょ?」
「ごめん。深い意味はない――あ、でも、ひげそりは忘れずに」
「ひげ?」
 まったく頭にないワードだった。

 夕凪はあたしの前に回り込むとあたしのあごにふれた。
 されるがまま、あたしはただただ硬直する。
 無遠慮になでなでされて、ヘンな気分だ。

「大丈夫みたいね」
 満足したように微笑んだ。あたしって、こんなふうに笑うのか?
 中身が夕凪の音無花音はふしぎと男っぽさがなかった。
 あたしはさっきからずっとなにも意識せずに話しているもんだから、周りから見ると違和感のかたまりだろう。

 そして、夕凪がくるっと前を向いて歩こうとしたときだった。
 
 ――え。

 すぐそこで陽向くんがじっとこちらを見ていることに気がついた。
 ギュッと心臓をつかまれたみたいに気が遠くなってくる。
 なんで、なんでそんなところにいるの?

「あ。もしかして――」
 陽向くんはばつが悪そうに言葉を句切った。

 どうしてこんな間の悪いときばかり遭遇してしまうんだ。いつもは夢でさえも会えないっていうのに。
 あたしと夕凪はなんの接点もないんだから、ふたりで仲良く登校していたら絶対疑われる。

「ちちちち違う!」
 夕凪はものすごい慌てふためいてあたしから離れた。
「そ、そうだよ。別に付き合ってるとか、そんなんじゃないから」
 あたしはいってる途中から男らしく振る舞おうとしたが、全然うまくいかなかった。

 陽向くんは困惑したようにこちらを見比べていた。
「そんな、隠さなくてもいいじゃん?」

 どうしようかと、あたしと夕凪は顔を見合わせた。
 誤解されたままなんて絶対にイヤだよ。
 不用意に言いふらしたりするような人じゃないけど、あたしにとってはそんな問題じゃなくて。

 そうだ! 誤解を解くにはもう本当のことをいうしかない!
 キリコと入れ替わったときだって、陽向くんは知っていたのだから、むしろそれ以外に道はない。

「あの、実は……」
 あたしが説明しようとすると、陽向くんはそれをさえぎるように言葉をかぶせてきた。
「やっぱりそうか。でもごめん。話しはあとで。もう遅刻確定っぽいけど、部活に行かなくちゃいけないから」
「いや、だから……」

 なおも食い下がろうとするあたしに、陽向くんは右手をひらりと挙げると走って学校へ向かった。
 部活もあるっていうし、無理にも引き留められない。

「あ、ああ……うそでしょう……」
 あたしは陽向くんの後ろ姿を見送りながら、全身の力が抜けてしまった。

 最悪だ。よりにもよって、なぜ陽向くんなんだ。
 今までだって、一度もこんなに男子と親密にしていたことなんてないのに、登校するにはちょっと早い時間にふたりで会ってたとか、そりゃ誰だって親密な関係にあるだろうって思うし、気を遣って足早に立ち去りたくもなっちゃうよね。